
空白がきみを燻らせていく
「なぜ、私がこんなことをっ」
そう悪態を吐きながらその男は隣の男を厭そう睨む。
男の肩に腕を回し支えながら身体を引きずり、なんとか歩いている。いや歩いているとは言えないほど千鳥足だ。
支えている男、エメトセルクは重たい男をなんとか部屋に連れていこうとしている。
「自分の限界を、考えて、酒は飲めよこの馬鹿め」
事の発端はクリスタリウムでの酒場だ。
闇の戦士と呼ばれる青年は一人で酒を飲んでいた。それなりに飲めるようで時折夜になると酒場の連中と語らい、笑いながら楽しんでいるようだ。元々冒険者と呼ばれて世界を旅していたからこうした酒場で意気投合して仲間を作ったり、酒を酌み交わすことも多かったらしい。
だから彼がそこで飲んでいることは今更珍しくはなかったが今夜はどうやらどちらが酒を多く飲めるか、というくだらない勝負をしていたようだった。
残念だがそれは闇の戦士様の負け。
その結果、彼は酔いつぶれてしまったということだ。
それを遠くから見ていたエメトセルクはテーブルの上で突っ伏して寝てしまっている彼をしばらく眺めていたが、店のサイエラに声を掛けられ閉店時間だから連れていってくれ、知り合いだろう?と言われてしまった。
このままここで寝てもらっても困るし仕方なく、そう仕方なく、だ。彼を運ぶことにした。
「まったく、」
これが英雄とは聞いて呆れる、とエメトセルクはずるずると廊下を歩く。
当の本人は何やら独り言を言っているようだがその言葉に意味はない。ちらりと見ると頬だけでなく、項垂れて見えている項も紅潮している。
これで明日頭が痛いくて動けない、などと言っていたら絶対にからかって、私に運ばせたことを後悔と感謝をさせてやるとエメトセルクは心に誓った。
ようやく部屋にたどり着くと彼をベッドへと乱暴に投げてやる。白いシーツが重さに沈んでふわりと舞う。
「ううっ、きもち、わる」
「オイオイ、吐くなよ」
投げ出された衝撃で意識が少し戻ったのか、彼は呻きながらそう零す。
それを呆れた様子で見下ろして、エメトセルクはテーブルにあった水を取って飲ませてやる。
(まったく世話の焼ける男だ)
コップ一杯の水を飲み干すと今度は暑い、と言って服を脱ぎ出してしまう。ボタンがうまく外せなくて暑い暑いと言いながら今度はズボンを脱ぎ出しものだから困ったものだと、エメトセルクは嘆息した。
なんでこんなことまでしてやらないといかんのだ、と思いながらも仕方なく着ていたシャツのボタンを外してインナーシャツだけにしてやる。すると彼はそのインナーまでも暑いと言って脱ぐと半裸になってしまった。
いくら酔っ払いとは言え人がいる中でそんな風に脱衣されると目のやり場に困るというもの。そして自分だからいいものを他の奴だったら後々困るのは自身というもの。
脱ぎ散らかして露わになる上半身は傷だらけではあったがしっかりとした筋肉が骨に張り付いていて無駄のない肉だ。
日の少し焼けた腕に健康的な肌色はなぜか男なのにそそるような煽情的だった。
「あれぇ、えめとせるくだ」
そう言って彼は突然顔を上げるとぼんやりとした視界に佇む人を見て、へらへら笑う。酔っぱらっているせいでその声は呂律も回っていない。
エメトセルクはフン、と鼻を鳴らして厭だ厭だと肩を竦めた。
「私は酔っぱらいの世話などしなー」
最後まで言い終わる前にエメトセルクの腕が引っ張られるとそのまま彼の身体に伸し掛かってしまった。
「オイ!」と、エメトセルクが慌てて声を上げるが彼はそのままがっしりと抱き締めている。
「このっ、酔っ払いめ!離せ!」
この男、力だけは誰よりもあるせいか離さないのである。乱れる自分の白と栗色の髪を撫でつけて、なんとかその馬鹿力から抜け出すと何度目かの深い息を漏らす。
彼は引き込んでおきながらまた瞼を閉じて寝始めている。なんとも呆れた酔っ払いだ。
「おい起きろ、寝るな」
そう頬を叩いてみるが起きる気配はない。また部屋に静寂がやってくると、エメトセルクは組み敷いてしまった青年の顔をまっすぐ見つめた。
なんともまぁ安心しきった顔をしている。それがまた癪に障るというものだ。
自分を誰だと思っているのか。
今ここでこの首を折ってしまうことだって簡単にできてしまう。
エメトセルクはすっと腹についた傷を指でなぞる。
たった百年ほども易々と生きることもできないなりそこないだというのにこの鼓動は紛れもなく、命を紡いでいるのだ。
まがいもので、汚らわしくて、おぞましい。
それでも確かにここに波打つ命があるのを、いつの間にか知ってしまった。
窪んだ目元はより一層影を落とすと、霧に紛れた金色の瞳が濁る。
伸ばした手を彼の首を絞めるように宛てて顔を近づけたその時だ、彼の青い目が薄っすらいと開いたのは。吸い込まれそうなほどにその瞳は深海の色をしていて、思わず自分の鼓動が早くなった気がした。
そして薄ら開いた唇がゆっくりと名前を呼んで、転がったままの手を彼の丸くなった背中へと伸ばし撫でるとその唇をエメトセルクの唇へと重ねた。
「傍に、」
そのあとの言葉は寝言なのかなんなのか、聞き取れなかった。
突然触れたものの生温かさにエメトセルクは乾いた笑いが出てしまう。
「はぁ、本当に厭になる」
この男は全て無自覚なのだ。馬鹿正直で、自分より他人のことを重んじる。
自分の心配をしたらどうだと、嘲る。
エメトセルクは彼の唇に自身も唇を重ねると半開きの下唇を食んだ。彼の吐息が熱くかかり、それをも吸って舌先で割り入った。
舌を絡めると酒の味がまだ舌に残っている。小さく呻く声がしたがその重くなるキスをエメトセルクはやめなかった。
この男が悪いのだ。
それにこの男も意識がないという割には舌で口腔の敏感なところを擦れば身体が小刻みに震え、自ら舌を踊るように絡ませてくるではないか。
もっと、と求めるように縋り付く。
息を吸いに離してまた口付けて苦しく熱いキスはやまない。
この男が全て悪いのだー。
そうエメトセルクは呪詛のように囁いて爛れるキスをやめなかった。
