
眠れない夜は君と
怒られる、とわかっていてもやめられないことって誰にでもあるだろう?
なんてことを考えながらアゼムはひんやりした廊下を一人歩いていた。窓の外を覗けばもう真っ暗だ。こんな時間に部屋から抜け出してどこへ行こうというのか。
決まっている。エメトセルクの部屋だ。
カタカタと窓が風で震えている。きっと冷たい風がぶつかっているに違いない。
アゼムは早足で目的である扉まで向かう最中、肩を震わせてちいさなくしゃみをした。日中は日差しがあると心地よいのだが、日が暮れてしまうと風は冷たくて一気に気温が下がってしまう寒さがこの秋と冬の間にはある。
一人のベッドを抜け出して、ようやく目的の部屋に辿り着くとポケットに仕舞い込んでいた鍵を取り出す。この鍵は俗にいう合鍵、というものなのだがそれを当然のように彼が持っている、ということ詮索するというのは野暮なことだろう。
それにエメトセルク自身も、勝手にしろ、と言って好きにさせている。
言ったところで彼はまた部屋にやってくるのだ。
キィ、と扉を静かに開けて部屋を見渡す。同じアパルトメントに住んでいるというのに部屋の様子が違うのは性格の差だ。どうも片付けることが下手なのか、自分の部屋はいつだって散らかっている。ところがエメトセルクの部屋は足の踏み場もあるしテーブルの上には食器が一つも置きっぱなしになっていない。読みかけの本は開いたままでもないし、服も床に落ちていない。
埃一つないような部屋に一歩踏み入れて、静まり返った寝室を覗き込む。大きな窓からは月の淡い明かりが差し込んできて自分の影を作る。
ベッドの真ん中には膨らんだ白い山が一つできていて、アゼムはゆっくりとそれに近づくと履いていた靴を脱いでベッド下からそのシーツの中に潜り込んだ。
そしてその瞬間にあるはずの温度がないことに気が付いたが、それはもう遅かった。
「何してるんだ、お前は」
そうシーツを頭から被ったアゼムの後ろから笑いを堪え、呆れた声が低く耳に響いてくる。
「アゼム!」
アゼムの被ったシーツを捲り上げて、エメトセルクは唸るように叫んだ。
ベッドで熟睡していると思っていたその膨らみはエメトセルクではなくて、見てみれば枕が二つ置かれているだけだった。
こんなことに騙されるなんて迂闊だった、と思っても見抜けなかった自分の落ち度だ。
「え、エメトセルク、こんばんは」
「こんばんは、じゃないだろお前は」
呑気にへらっと笑って人のベッドに座り込んでいるアゼムを見下ろして、エメトセルクはため息を吐くしかなかった。
太い眉尻が少しだけバツの悪そうに下がっている。
「また一人で寝れないのか」
腕を組んでじろり、と見やり、エメトセルクは吐息と一緒に聞く。アゼムは図星のように肩を揺らして薄く笑った。
「ほら、寒くなってきただろ?君も人肌が恋しいかなって」
まるで君だって一緒に寝たいだろ?とでも言いたげな態度にエメトセルクはさらに眉間に皺を寄せて、瞼を閉じる。
「お前な……言っておくが別に私は怒っていない」
「そうなの?」
てっきり怒られるものだと思った、とアゼムは胸をなでおろしながら息は吐く。
「だからと言って咎めてないぞ」
こんな時間にこっそりと潜り込んでくるな、とエメトセルクはアゼムの額を指で弾いた。
眠れなかったのは自分も同じで、ふいに近づいてくる色が視えてしまいエメトセルクはベッドを空にしてアゼムが入ってくるのを待っていた。
まるで猫だ。温かい場所を探して潜り込んでくる。そんな姿に見えてしまって、思わずほくそ笑んでしまった。
エメトセルクは組んだ腕を解いて、アゼムの頭をくしゃりと撫でる。
アゼムがエメトセルク、と名前を呼ぶ前に肩を押されてベッドに倒れ込むとエメトセルクは覆いかぶさるようにアゼムを腕の中に包んだ。
身体が重なって心臓の音も一緒の音を響かせる。
さっきまで冷たかった箇所が触れられると熱を持ってくるのがすぐに伝わった。肩まで伸びたエメトセルクの白い髪が頬をくすぐる。
「最初からこうしておけばよかった」
すん、と鼻を擦り寄せて匂うのはほんの少しの汗と、石鹸の香りだ。
ああ、この体温が欲しかったんだと安堵出来る心地にアゼムは押しつぶされる胸から、言葉を吐いた。
「お前はいつだって好き勝手してるだろ?今更遠慮するな」
こんな夜中に忍び込まずとも、ノックしてこればいいとエメトセルクはアゼムの首元に顔を埋めながら口端を緩めた。
足を絡めて鼻を擦り寄せてエメトセルクが乾いた唇で触れるだけのキスをする。もっとと欲しくなって熱くなる身体を抱き締めて、高鳴る鼓動は同じで早くなっていく。けれどそれ以上触れることはなくて、エメトセルクはアゼムを抱き締めたまま瞼を閉じた。
足を擦り寄せてアゼムも身体を丸め、目を閉じる。
「君といると、よく眠れる気がする」
