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​必要不可欠な愛情

バタン!と大きな音を立てて乱暴に閉めて、足を縺れさせながら夕暮れの落ちていく太陽が差し込む橙色に包まれる部屋に入った。
 急ぎ足で宿の階段を、彼を引っ張るようにして連れていけば、
「おや、今日はお連れさんがいるんだね」
 と、宿主の中年の男性が言った。
 久しぶりに会った友達なんです、と太陽が燦々と輝くように笑うと手を振ってもう一人の男を引っ張った。その彼は急かすな、と少し怒っているようだったが彼がどんな人なのか、宿主にはどうでもよかったし知ったところで驚くだけだ。
「アゼム」
 息を吐き出すのと同時に名前を呼ぶと、引っ張っていた腕を今度は長身白髪の男が強引に引くと身体がくっついた。
 顔を上げれば迷うことなど何もなく、アゼムは彼の首に腕を回し、背を伸ばして口づける。
 それを合図のようにアゼムが堂々とキスをした男、エメトセルクも応えるように両手で頬を包んで唇を食み返した。
 息を吸おうと一瞬でも離れればそれを許さず、吸い付いて互いに顔の角度を変えては何度も苦しくなっても続ける。
 背中を撫で、細い腰を抱くと敏感に震えた。
 舌と舌を唾液と一緒に絡ませて擦れ合えば、吐息は深みを増してくぐもった声が喉から鳴る。薄い唇がだんだんと熱くなってきて赤くなってくる。
 前歯同士がかつんと当たっても気にせずに、アゼムはエメトセルクの口腔へと自ら舌を突き入れるとその湿った肉の突起を隅々まで舐めて吸った。唾液の音が口の間から零れて、今度は触れ合う刺激と一緒に聴覚を刺激する。
 あっ、と息を漏らせばエメトセルクはアゼムの首裏を掴んで顎から首元へと噛み付くように唇を這わせた。
 困るように眉先を寄せ、アゼムは青い目を充血させながら細める。
 エメトセルクの荒い息が聞こえ、アゼムは腰を押し付けるとそこは互いにもう恥じらいもなく猛り始めていた。
「うわっ」
 その瞬間、アゼムは胸を押されてベッドへと押し倒される。それからすぐにエメトセルクが馬乗りになって覆いかぶさってくると、ローブを乱雑に脱ぎ捨てた。アゼムも自分の黒いローブの留め具に指をかけて脱げばエメトセルクが脱がせるのを手伝ってくれた。
 肌に触れた指先が最初は冷たい、と思ったがそれはすぐに体温に溶けていく。
「エメトセルク」
 熱を孕んだ声で呼べば、彼の金色の瞳が近くまで降ってきてまたキスをした。触れてはすぐに離れてまたすぐにくっ付いて離れる。じれったくなるそのキスが続くとエメトセルクはだんだんと深みを求めて舌をぬるりと射れた。
 それを待っていたようにアゼムも執拗に擦り合わせて触れた唇から広がっていく熱の泡を弾けさせた。
 肩から鎖骨、胸へとエメトセルクの長くてしなやかな指がなぞっていくと、アゼムは身体を小さく震わせる。窓から差し込む色は次第に暗く、空は群青色に沈んでいく色を浮かべていた。
「あ、っぅ、ン」
 ごく薄い黄赤色の胸板の中心に小さく主張している色を見つけ、エメトセルクの指がその突起をきゅっ、と摘まんだ。するとアゼムは与えられた刺激に重なる唇の間から声を漏らす。
 優しく指の腹が摩ればまたその小さな突起は堅くなった。
「っエメ、っと」
 はあ、となんとか呼吸をしてもまた湿ったエメトセルクの唇が塞いでくるのを手のひらで口を遮り、ようやく声を出せた。それでもエメトセルクの指は胸を弄るのをやめないせいか、声は上ずり、頬は紅潮する。
「きみ、今日はとても、そのっ、積極的だね」
 絶え絶えになる息の中で絞り出して言えば、エメトセルクは口端を緩めて嗤った。
「アゼム、どれだけ今回は空けたと思ってるんだ?長いこと帰ってこないなら文の一つぐらい寄越せ」
 アゼムは帰らない時は本当にとことん長く、季節がいくつ変わっていこうが指折り数えても足りないほどに、帰ってこない時がある。それが仕事だと知っているがそれならそうと手紙ぐらい寄越したらどうだ、と一度咎めたことがある。
 時折忘れられてしまってそのまま帰ってこないかと、そんな不安にさいなまれることをこの男はわかっているのだろうか。
 いいや、わかっていない。だから今回も手紙も寄越さず何年も世界を歩き回っている。
 そうしているかと思えば思い出したかのように自分がピンチになるとお得意の召喚術で喚ぶのだ。
 助けてエメトセルク、と。
「お前の勝手さにはいい加減付き合ってられんが、私だって心配の一つもする。それに」
「それに?」
「こうしてちゃんとお前を抱いておかないと、お前忘れるだろ」
 少しだけ気恥ずかしそうにエメトセルクはそう言うと、遮るアゼムの手の甲へとキスをする。
 輝く金色の双眸が射抜いてくると、その色に奪われる。
 ああ、確かに忘れていたかもしれない。
 こんなにきれいな色をしていて、いかに自分が愛されていることを。帰ればいつだって迎えてくれる優しい温もりが当たり前だった。
「だからお前が嫌でも私はやめないぞ」
 エメトセルクは手の甲から指先へと唇を這わせて、耳へと辿っていく。熱い吐息が吹き込まれると、アゼムは目を瞑って呻いた。
「いつ、俺が嫌だ、て、言ったんだよ」
 手を退けてエメトセルクの首へとそのまま回して額に額を寄せて微笑んだ。
「エメトセルク」
 それ以上の言葉はいらなくてあとはただ肌を重ねればわかることだった。
 触れる熱がどんどんと増殖していき、身体の中心を最も熱くしていく。互いの昂った雄を布越しに擦り擦ればアゼムは歯を食いしばって腰を揺らした。
 今日はもうじれったいのは嫌だ、とエメトセルクはさっさと下着ごとズボンを脱がしてしまうと自身も裸になる。エメトセルクの肌の方が白いが、筋肉の量は負けてはいない。逞しい腕に胸、そして自分と同じように滾った熱量に思わず目が行ってしまった。暗くなった部屋に響くのは肌とシーツが擦れる乾いた音と、湿った吐息が二つ。
 肌を吸えば少しだけ汗のしょっぱい味がするが気にしなかった。
 開けた太腿の間にあるものは屹立した欲望の塊だ。早く触って欲しくて震え、先端からは少しずつ期待に雫が零れ始めている。
 アゼムはエメトセルクの手のひらは腹を摩り、髪の毛と同じ色をした茂みを下っていくのを感じて身を捩った。
「あ、う」
 彼の手が形をなぞりながら自分の雄に触れてくるとため息が零れ落ちる。欲情したその塊は触れられると膨らんで、血流を循環させていく。竿から亀頭、尿道口を指で少し摩ってやるともっと透明な液体が肉欲を濡らしてきた。
 アゼムは枕に後頭部を擦りつけて、腰を少しだけ浮かして喘ぐ。エメトセルクはその恥辱を耐えながら求めてくる欲望を解く放つために手を動かした。
 竿から先の膨らんだ部分の根元のカリまでをゆっくりと下から上、上から下と扱けばアゼムは眉を顰めて声にならない声で口をぱくぱくとさせている。
 エメトセルクに触れられただけで本当は爆発してしまいそうなほどに、心臓がうるさかった。さらに彼が彼の雄を自分のものへと擦れ合わせるとさらに悲鳴が喉から上がった。
「あぁ、まっ、や」
 凶暴な熱がもう一つ、触れ合ってしまうと今の自分の体温はいくつだろうかと思うほどにマグマの如く熱い。
「アゼム」
 名前を呼ばれ、薄っすらと目を開ければまた何度目かになる発情したキスが降ってくる。
 その間もエメトセルクはアゼムの竿を扱き続け、先端の口を指の腹で撫でてやった。身体からは言い知れない恐怖にも見た快楽がぞわぞわと足先から頭のてっぺんから腹に向かって集まってきて、アゼムは首を振って、やだ、と小声で喘いだ。
「アゼム、久しぶりだから溜まってるんじゃないか?一度イッておけばいい」
 我慢せずに達すればいい、と耳元で囁いて促す手のひらは緩急つけてアゼムの陰茎への刺激をやめない。繰り返されるたびにもうイキそうなるが、アゼムは嫌だと言ってエメトセルクの手を掴んだ。
 エメトセルクは震える手を気にすることなく、動かし続けてまた囁く。
「それとも、一人でいるときは自分で抜いていたのか?」
 そう聞かれると、ギクリとアゼムの顔が固まった。
 エメトセルクは、なるほどな、と喉で笑う。腕を掴んだアゼムの手を取って、アゼムの雄へと自ら握らせて自分の手はその上から重ねた。
「どうやっていた?私を思い出していたのか?私が、どうお前に触っていたのか」
 ふっ、と耳に掛けられた息に性への悦びが咲いてアゼムはただその熱の風に攫われるままに言葉にした。
「う、ん。君を、思い出して、」
「どうやっていた?」
 エメトセルクは一人でどうエクスタシーを感じていたのか教えてくれ、とアゼムを行為に誘う。アゼムは目をしっかり瞑ると自分の雄を握り根元にぶら下がっている二つの袋を揉みながら、ゆっくりと下から上へと滑る竿を包む。
「えめと、セルク、が、ぁ、こうして、」
「こうして?」
「ゆっくり、時々、っ、強く、ぁ」
 亀頭の裏側のくびれを重点的に摩れば性的興奮はすぐに得られた。溢れる液体は手のひらをも濡らし、音を立てる。
 熟れた音を出しながらアゼムは自らを扱き、エメトセルクを見上げた。その瞳は朧気ながらも、まっすぐにエメトセルクを見て。
「エメトセルクは、しなかった?」
 今度はアゼムから煽るように、エメトセルクへ自慰をしなかった?と、聞いた。その不意をついた質問にエメトセルクは目を丸めてしまった。
「俺は君のこと考えて、一人で触ったりしたんだ。君も同じかい?」
 熱に浮かされた青い瞳に見透かされるとエメトセルクは頬をほんのり赤らめて、
「ああ、したぞ」
 と、短く答えた後に早口で私のことはどうでもいい、と締めくくるとアゼムの手に重ねていた手を離して彼の後ろの窄まりへと指をあてる。
「あ、待って、ぅ」
 その指が皺を伸ばし、ゆるりと中へと入ってくるとアゼムは足先でシーツを蹴った。
 乾いた箇所ではあるが汗で湿り、さらに自分が垂れ流している先端からの液体で濡れており、指一本入ることは難しくなかった。
 アゼムは背中をしならせ、入ってくる指の感触に雄からも手を離してしまった。それでもまだ雄はとろとろと泡を出し続け天井を向いて震えている。
 エメトセルクの指が狭い肉壁を抉り、ある場所で止まると関節を曲げる。そうするとアゼムの身体が一段と大きく震えた。
「あ、あっ、だめ、そこ、押したらっ」
 一番気持ちがいい、とアゼムは乱れる呼吸で触らないで、とお願いをするがエメトセルクの指はその硬くなった箇所を何度も押して摩る。前立腺と呼ばれるそこは勃起した時にしか現れない。そこを刺激すれば性器自体に触れていなくても射精できた。
 エメトセルクは、気持ちいいだろ?と、アゼムが達することを望む。しかしアゼムは嫌だ、と言って彼の腕にしがみ付く。
「エメっ、いやだ、一人で、イキたくないっ、ぁ」
 一人で愛しい温もりを思い出して手の中を劣情で濡らしたことは何度だってある。けれどいつも瞼の裏にしかエメトセルクはいなくてただの妄執だ。目を開ければただ欲情のためだけに吐き出した精が虚しいだけ。
 しかし今はどうだろう。
 目を開けて瞑っていても、触れる温もりがある。
 一緒に触れあって一緒に気持ち良くなれる。
「エメトセルクと、一緒がいい」
 この爆発しそうな熱を分け合って溶け合って、一つになってしまいたい、とアゼムは望んだ。
 そんな風に言われて断る男がいるだろうか。
 エメトセルクは欲情した自分がコントロールできるだろうか、と一瞬悩んでしまったがそんなことは最初からできなかったではないかと振り切る。
 こいつが自分を喚んだ時から。
 泥だらけで笑って久しぶりだね、と言った時も。
 乱暴に手を引かれて部屋に入った時にはもう理性も平静心なんてものもすっ飛んでいてただアゼムを抱き締めて確かめたかった。
 エメトセルクはくしゃりと前髪を手で乱すと、ああ、と声を荒げた。
「だからお前は、ちゃんと帰ってこいと言ったんだ」
 初々しい仲でもないのだからそんなことを顔に出すなんてことはしない。
 離れている間、寂しくないなんて言うのは嘘だ。
 本当は会いたくて仕方ない。
「そうしないと、加減ができなくなることをちゃんとわかっておけ」
 エメトセルクはそう言うと半開きになっているアゼムの唇に口づける。たくさんの愛情をこめて。
 どっちももう引くに引けないほど掛けがえのない存在になっている。欠けてはいけないピースのように、隙間なく嵌った完璧なパズル。
 それが崩れるなんてどちらも思ってもいないし考えたこともないほど二人がいれば完全無欠だった。
 エメトセルクはアゼムの身体を反転させ、膝を付かせて四つん這いにするとさきほど指で穿っていた穴へと自分の熱欲の先をあてた。
「うっぁ、エメ、っぁ」
 まだそこまで馴染んでいない穴へと強引だったがゆっくりと呼吸を合わせて、埋めていく。アゼムはシーツを握りしめて身体を緊張させるとエメトセルクが力を抜かないと全部入らないぞ、と突き出している臀部を円を描くように撫でた。
 肉が裂けていき、隙間なくエメトセルクの硬い雄が侵入してくるのをアゼムは受け入れる。腰だけを高くしてまるで獣の交尾のようだった。
 浅く入ったところでぎりぎりまで引き抜いて、またアゼムの隘路へと熱の快感を伝達させる。その甘くて痛い痺れは脳髄まで響いてきてアゼムを蕩けさせる。
 背中をエメトセルクの指はなぞり、肩を撫でる。汗で張り付いた髪が項を晒し、そこへエメトセルクは口づけて腰をまた穿った。
「ふっ、う、ぁあ」
 ずるずると引いては寄せてやってくる熱波にアゼムは呼吸を乱し、唾液をも零した。
 そして半端になったアゼムの陰茎はずっと液体を垂らしてシーツに沁みを作り出していた。貫かれるたびに揺れて、達しそうになるけれどエメトセルクの熱がまだ押したり引いたりするため、決定的にはならなくてもどかしい。
 一緒にイキたい、と言ったけれど達しておけばよかったと少しだけ後悔したが、これはこれで享楽を味わう快感としては気持ちの良い熱だった。
「アゼム」
 エメトセルクは唸るように名前を呼んで、ぐっと大きく腰を打ち付けた。
 乾いていた皺もいつしか湿り、中の肉は擦れる肉棒からの先走りの液でしっとりと濡れてエメトセルクの雄をきつく締め付けもして離さなかった。その中は一人では感じることのない二人だから得られる悦楽だ。
 肌と肌がぶつかっている音、乱れる呼吸と繋がる音が生まれる。
「え、えめ、もっ、う」
 激しくなってくるエメトセルクの腰に合わせてアゼムも自然と腰を擦り付けて振っていた。さっきまで指で刺激されていた前立腺が今度は硬く撓った雄によって力強く擦られると、それはもう指の対比ではない。
 ふるふると陰茎は震えて、解放されるのを待ち望んでいる。全身が震えだしてアゼムはもう言葉が出てこなかった。
 喉から何を発しているのか自分でもわからない。
 エメトセルクはアゼムの腕を掴んで身体を起こさせると、顎を掴んで後ろを強引に向かせる。
「あ、はっ、う」
 言葉ではない喘ぎを擦って、唾液を零す唇を撫でるとアゼムが舌を出しその指を舐める光景は淫猥という言葉が似合った。エメトセルクはその舌に吸い付きながら、そのままの姿勢で腰を穿った。
「ぁ、う、ぁ、だめ、も─」
 アゼムは膝立ちで不安定のままでコップの中の水が溢れそうになってくる瞬間を待つ。
 エメトセルクが少しだけ彼の雄に触れてやると、それを合図にアゼムは背中を大きく反らして啼いた。
「あぁ、あっ──ッ」
 イク、と小さく漏らしてとうとうアゼムは満ち溢れた快感を吐き出す。勢いよく飛沫したその白濁の液からは精液の匂いが迸り、シーツをお構いなく汚した。
 震えるアゼムの身体を抱き締めながらもう一度ベッドに押し倒してそのままエメトセルクも欲情のままに腰を振った。
「っ、ア、ゼム」
 詰まった声を漏らしてエメトセルクも彼の腹の中へと劣情を流し込んだ。内臓を抉り続けていたその先から吐露された熱い欲は勢いよく腹を灼熱にしてくる。
 密着したその場所からも呑み込めなかった白濁の液が隙間から零れ、股を伝った。
 アゼムの目は涙でぐしゃぐしゃで頬には髪は張り付いている。ようやく訪れた久しぶりの快楽の戯れは麻薬のように、心酔させる。
 ずるりとけだるくエメトセルクの雄が抜けていくのを感じると、迸る熱の欲とはまた違う余韻のある熱の残滓にもアゼムは喘いだ。
「アゼム」
 エメトセルクは汗と涙で汚れたアゼムの顔を自分へと向かせると優しく口づけて、覆いかぶさるように抱き締めた。
 それはとてもあたたかくて満たされる感触だった。
 アゼムは息を落ち着けながらエメトセルクの背を撫でて、エメトセルク、と名前を呼んだ。
 この強烈な愛情は誰にも渡せないな、なんてことを考えながら。

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