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この憧憬に誰も触れないで

 燃えている。
 そう率直な言葉しか出てこなかった。
 あんなに素晴らしい建造物たちが一夜して崩れていくのだ。走る人、大きくうねる炎、叫び声、悲鳴、怒号。
 失せるということがこんなにも一瞬のことなのかと、誰もが知っただろう。
 どこを見渡してもそれは恐ろしい風景だったことを、今でも忘れない。

 

 随分と歩いたな、と彼は聳える木々たちを見上げながら額の汗を手の甲で拭った。森の中は静かなもので動物の声も聞こえてこなかった。こうして叡智の街、アーモロートの外に出ることは数少ない。
 白髪の青年、エメトセルクは指を鳴らして隣に歩いていた獣騎を光の玉へと変えて消した。振り返るとそこから見える空の色は赤かった。
 そろそろ陽も暮れてしまう。その前にどこか一晩でも過ごせるところを探さなければならない。エメトセルクはふいに夜に更ける中でも輝く金色の視線を泳がせた。
 ああ、また還っていく命がある。
 そう視えてしまった色彩に眉を顰めた。
 その魂たちが無事に海へと流れて逝けるようにその色へと光を投げた。光に当たったその丸く黒い霧は弾けて消える。そうして今度は光の線になって空へと上がっていく。
 いくつもそうして冥界へと還れる道しるべを指してやった。
 そうしないとこの魂たちは次へと生まれ変わることが出来ない。
 エメトセルクの座に就く者として、突然訪れた非業の死を救ってやるのが今出来る精いっぱいだろう。
 何度祈ってもまたすぐに誰かの魂が視える。
 どうしてこんなひどいことになってしまったのだろうか、と思わずにはいられない。
 私たちが何をしたというのだ、という誰を責めるわけでもない憤りもした。
 ただそれでもやるべきことは星を救うこと。
 それだけが唯一も希望だった。
 深い夜の帳が降りていく。暗闇になる森をエメトセルクは持ち出したイデアで手元を照らし、歩いた。
 夜になれば狂暴になった獣たちがどこから現れるかわからない。地図によればあと少しすれば目的の街に到着するはずだ。
 エメトセルクが一歩前に進めば枝を踏んだ小さな音が静寂の中でした。
 あまりにも静かすぎていて妙な気もしてそこに佇む。森とはそんなに静かなものだっただろうか。風の音も虫の声もしない。
 自分が知っている森はもっと穏やかで温かいもので、ここは冷えきって寒くなる。
 エメトセルクは周囲を警戒しながら頭の中を集中させると手のひらに大きな大剣を創造した。
 その時だった、暗い森がざわめいたのは。
 来る、と沸いた殺気を感じて大剣を両手で構えると得体の知れない狂気もエメトセルクから発する殺気に刺激されてつんざく叫び声と共に四肢で地を蹴り出した。黒く大きなその一つ目の獣は一目散にエメトセルクへと走り出し剥き出した牙で襲い掛かる。
 真っ直ぐな攻撃を大剣で防ぐとすぐに獣は木の枝へと飛び移るまた跳躍してくるが、エメトセルクは悠々と交わし獣に一撃を与えるが致命傷にはならなかった。
 真っ赤というより真っ黒な血を流しながらその獣はまた吠える。
 まずい、とエメトセルクは周りを気にした。
 仲間を呼んだかもしれない。しかしそれもいいだろう、と口端を緩めた。
 この獣たちはまたあの美しかった街を襲うかもしれない。それならばここで仕留めておけばその危険が去るというもの。
 ならば今この手で消し去ってしまった方がよいだろう。
 エメトセルクは眼前に手のひらをあてると、赤く滲んだ印が顔面を覆った。一体だった黒い獣があっという間に数体と増えて囲まれるが焦ることはしなかった。
 消し飛べ、とエメトセルクが口を開こうとした瞬間、その獣たちは自分が放った魔法ではない波動で燃えてしまう。
 獣たちは恐ろしい雄叫びを上げながら身体が燃えて炭になっていく。
 自分ではない者がもう一人ここにいるということをすぐに理解するとエメトセルクは再度大剣を構えた。
「やぁ!そこにいるのはエメトセルクじゃないか!」
 そして聞こえてきた声はエメトセルクを警戒するどころかとても馴れ馴れしい様子で発していた。懐かしいその声が森に木霊するのを聞いてエメトセルクは思わず息を飲んで目を丸めてしまった。
 見上げた樹木の枝に立っている男を見つけて自分が聞いた声が幻でないことを確かめる。
 忘れるわけがないその姿はどれぐらいぶりなのか、それとも昨日のことだったかもしれないと感じるほどに近くて遠くに行ってしまった人だ。
「……アゼム」
 掠れた声でその名を久ぶりに口ずさんだ。
 彼は身軽に飛び降りてくると相変わらずのあっけらかんとした顔でエメトセルクを見やり、久しぶりだね、と朗らかに笑った。まるで久しぶり、という言葉が似合わないほどに。
 にっ、と白い歯を見せ、青い瞳は弧を描く。
 それはずっと色褪せずにいるアゼムという青年そのままだった。
「なんだ、久しぶりに会ったというのに君からは何もないのかい?それにこんなところにいると危ない」
 アゼムは茫然としているエメトセルクの腕を掴むと強引に歩き出す。
「夜になると獣がたくさんいるんだ。こっちに小さな家があるからそこに行こう」
 勢いに任せてエメトセルクは歩幅を合わせながら一緒に歩き出してその背中を見つめ、すぐに腕を振り払うと前に回り込んで両腕を掴んだ。
「お前、こんなところで何してるんだっ」
 その表情は困惑し言葉を探していた。
「何って、人助けかな」
 アゼムは少し考えてからそう口にする。
「話はあとでいいだろ?」
 そう言ってエメトセルクの腕を掴み直し、あっちだと言って引っ張っていく。
 雑草をかき分けて大股で進んで行くと確かにアゼムが言うような小さな木の家が見えてきた。彼はそれ以降何も言うことなく、エメトセルクを連れて行く。
 エメトセルクも同様に黙ったまま彼の後に続いた。
 案内された家は誰も住んでいないし荒廃している。昔はどこかの家族が狩猟なので使っていたのだろう。割れた窓に部屋の中まで草に浸食されていた。
 部屋の隅には綺麗とは言えないマットレスが一枚直接床に置かれており、その前には暖炉があった。アゼムはここを元々使っていたのかまったく人が使っていなかったという荒れ方ではなかった。アゼムは入り口に小さな施錠の魔法を掛けると暖炉に薪をくべて火をつけた。
 エメトセルクが部屋を見渡して佇んでいると、マットレスに座った自分の横を叩いて合図する。
「君を招くには汚い家だけど少しだけ過ごすには十分だろ」
 エメトセルクはその傍らまだ進むと腕を組んで座ろうとせずにアゼムを見下ろした。
「そんなことよりお前はここで何をしているんだ、アゼム」
「さっき言っただろ?人助けだって」
 アゼムは肩を竦めて同じことを言う。
 しかしエメトセルクはその回答が気に入らないのか眉間に皺を寄せて目を細めた。
「それに、俺はもうアゼムじゃないよ」
 ひくっ、とその言葉にエメトセルクの目じりが痙攣する。
 彼はさらりと言ってしまうがそれがどれだけ重い現実なのか、わかっているのは本人以外だろう。
「……お前が座を降りたことを私は認めていない」
 アゼムが座を降りた、ということはあっという間に広まった。突如世界を覆った厄災は瞬く間に全てを壊し飲み込んでいった。
 十四人委員会は星を管理、護る組織だ。当然この未曾有の事態の対処に追われた。もちろん誰もが星と民を救うための行動をしたが、そこで十四人委員会はある結論を出したのだ。
 星の意思である神を創造し災いに対抗すると。
 その神を創り出せばまた世界は美しい姿に戻るだろう。誰もがその神へ賛美し手を伸ばそうとした。しかしその創造魔法には人の贄が必要であった。
 十四人委員会はそれを行うことを決めたことをアゼムだけが反対した。何度議論しようが議長であるラハブレアの意思は変わらないし、贄になることを望む民も多かった。
 こんなことは間違っている、他の方法を探すべきだと最後まで訴えたがそれを受け入れられることはなく、その神は召喚された。その核となったのは十四人委員会のエリディブスだ。彼はアゼムとも親交が深く、否定する原因の一つでもあった。その贄の中には彼らの友、ヒュトロダエウスだっていた。彼らは喜んで贄になることを受け入れた。
 確かにその神によって災いは退けられたかもしれない。けれど未だに世界は傷つき、再生しようとしない。このままでは人が住めなくなる星になってしまう。
 だからまた神に贄を捧げると委員会は決めたのだ。
 それがアゼムにとっては寂しくてたまらない現実で、どんなに自分が声を上げようがここではもう成せることがない。そうアゼムは感じ、委員会を抜けることを勝手に決めた。そう、このエメトセルクにも何も相談せずにさよならと言ってアーモロートを去ったのだ。自分だけがつらいわけじゃない。エメトセルクだってこの創造魔法で得られたもの、失ったものを尊び悲しまない心はなかった。
 じゃあ誰がどうすればよかった、なんてことを誰に責めても仕方ないが勝手にいなくなるそんな男を許せるわけもなく、エメトセルクは恨んでいたが一番に心配もしていた。
 黙り込んだまま立っているエメトセルクを見上げアゼムは小さく笑い、「隣座ってよ」、と再度横をぽんぽんと叩く。
 観念したように彼の隣に腰を下ろして目の前で暖炉の中で爆ぜる火の粉を眺めた。
「君は、ここに何しにきたんだい?」
 エメトセルク自らこうしてアーモロートから出て何か任務をするとは珍しかった。しかも見つけた時には獣相手に実戦していたとなればアゼムにとって興味深いことだ。それは決して彼の実力がないかた手助けに入ったわけではない。
 身体が勝手に動いた、というのが正しい。
「……人手が足りないんだ。私はエメトセルクの座に就く者だ、世界が瀕死であればどのようにも動くし人々のエーテルを冥界に還すことも大事なことの一つだ」
 この先にあるはずの街からの連絡がない、とエメトセルクは言う。また魂が未練を持ったままこの地を彷徨うことがあれば来世に向かうこともできない。
 そんな魂が今の世界には多すぎるのだ。
 気持ち悪い、と思うほどに視える色が囁くのだ。
 助けてくれ、と。
 エメトセルクは手のひらを握りしめ、俯いた。
 一つでも多くの魂を星海へと還さなければならない。次の世界でまた幸せに生きられるようにと。
 そうしてエメトセルクは自ら足を運ぶことにした、と話した。
「まさかお前と会うとはな、とんだ腐れ縁だ」
 ふん、と鼻で笑う。
「俺は嬉しいよ、また君に会えて。もう二度と君の顔を見ることはないって思ってたから」
 アゼムは膝を抱えてエメトセルクを見るのではなく真っ直ぐに橙に染まる火を見つめていた。その横顔をちらりと見やり、エメトセルクは視線を落とす。
 誰もこいつを責めることは出来ない。
 座を勝手に降りるなんて無責任だ、逃げ出したんだと言う人もいた。そんな奴ではないとエメトセルクはよく知っている。
「ねえ、俺たちが初めて会った時のこと覚えてるか?」
 唐突にアゼムは昔話を振った。今そんなことを話している場合じゃないだろう、とは過ったがこの会話と時間を終わらしてしまうのは惜しかった。
「忘れるわけがないだろ、思い出しただけでもゾッとする」
 エメトセルクは出会った頃のアゼムを思い出してその時の醜態に身震いがして首を振る。
 それはまだ自分もエメトセルクではなく、アゼムもアゼムを受け継いでいなかった頃の話だ。
 アゼムは元々アーモロートの子ではない。先代アゼムであるヴェーネスが連れ帰ってきた子だった。まだ自分たちは学生でその噂は持ち切りだった。アゼム様が次のアゼムの座の子を連れ来た、どんな奴だ、あのアゼムの座を継げる人なんているのか?と。
 ヒュトロダエウスはよくどんな子なんだろうね、と話していたがハーデスは特に興味はなかった。出会うまでは。
「お前ときたら私の上に降ってきたんだぞ?どうしたらそうなるんだか」
「あはは!懐かしいな、そうだったね。けど君はちゃんとキャッチしてくれただろ?」
「そうしなかった今のお前は生きていないだろうな」
 それは在学中、アゼムがまだ学校に入ったばかりのこと。校内の庭でいつものように木陰で休んでいれば突然退いて退いて!と言う声が降ってきたのだ。何事かとふと上を見れば人が勢いよく落ちていた。
 一緒にいたヒュトロダエウスも驚いていたが、咄嗟にエメトセルクは指を鳴らして風のエーテルを集めるとふわりと軽くなった身体を抱きとめた。
 風に舞った葉の合間に見えた青い目は空の色よりも濃くて、吸い込まれそうだったのを今でも鮮明に思い出せる。
 それがアゼムとの初めての邂逅だった。
 エメトセルクは額に手を当てて、まったくと苦笑する。
「常識的に考えて上からお前が落ちてくるとは思わないだろ」
 アゼムは腹を抱えて笑うと、
「下にいたのが君でよかったよ、ほんと!あれは俺も不注意だったし」
 理由としては学校の空中庭園で遊んでいた下級生が創った風船、というイデアが強風で飛ばされてしまったのを見て取ろうと無茶をしたという。
 そしたら足を滑らして真っ逆さまに落ちてしまった。
 今なら笑い話だが本当に下にいたのがエメトセルクでなかったらどっちも死んでいたかもしれない。
「忘れられない出会いだったね、懐かしいな」
 あの頃はただ毎日が幸せと日々の楽しさに没頭していた。朝起きて歯を磨き、ご飯を食べて学ぶ。友と出会い、笑って駆け抜けた日々は忘れぬ記憶だ。
 大人になって使命を帯び生きることを尊び、お互いを愛した。
 誰がそんな世界が滅ぶと思うだろうか。
 少し黙ったアゼムはまた火の中を見つめる。
「……帰ってこい、アゼム」
 エメトセルクはずっと喉に詰まって抜けなかった言葉を吐いた。
「帰ってくればいい。座を降りたとしても、私にとってお前はアゼムだ」
 その言葉にアゼムは顔を上げてようやくエメトセルクを見る。その目は驚きに丸まり口が半開きだった。しかしすぐにその唇を結ぶと首を横に振った。
「帰れないよ、俺は自分から降りたんだ」
 ぱちっ、と火の粉が爆ぜる音と一緒にアゼムの声が鈍く落ちる。
「帰っても俺は十四人委員会のやり方は認めれない」
 アーモロートに帰ったところで何も変わらない、ならば自分がやりたいように人を助けたいとアゼムは絵空事でもいいと言って口端を上げた。
 エメトセルクは奥歯を噛み締めるとアゼムの腕を掴んで自分の目を見ろ、と向かせる。
「それでもっ、私はー」
 お前にいて欲しい、と思うことは傲慢だろうかと息が詰まってしまった。
 ヒュトロダエウスもいなくなってしまった、そしてアゼムも。私は無力だ、とエメトセルクはこの手で相手を握っても笑ってすり抜けていく愛しい者たちを見送るしかない自分が腹立たしかった。
「エメトセルク」
 悲憤した黄金色の双眸は今にも泣きそうだと、アゼムは思う。そっと手を頬に伸ばすと手を掴まれ、引き寄せられる。
 懐かしく触れる温度に嫌でも胸が高鳴った。これは欲しかった温もりだ。
「私はお前に必要とされていると思っていたが、違っていたのか?」
 抱き締められた腕の中で聞く台詞はとても震えていた。
「違うよ、俺には君が必要だけど、それ以上に君を必要としている人たちがいるだろ」
 たくさんの人の命を次へと繋いでいる、それは君にしかできないことだと付け加えて背中に手を回した。本当はこのまま離さないでいたいな、と思ったけれどそんな我儘を今の自分が言えるわけはなかった。
「俺が強情だって知ってるだろ?だから帰らないし自分の生きる道を変えない」
 アゼムの座は決めたら梃子でも動かないって有名じゃないか、とアゼムは笑ってエメトセルクの両方の頬をてのひらで包んだ。
 自分と違ってとてもひんやりとしていて触れると気持ちがよかった。
「君は君の、俺は俺の道を。思いは一緒だ」
 どんな結果になっても信じたことを精いっぱいやることが大事だと生きてきた。それを最後の瞬間までアゼムは曲げなかった。
「けど」
 アゼムはエメトセルクの額と鼻に自分の同じものを擦り付ける。
「けど、君がすぐに行ってしまうのは寂しい」
 せめて今だけでもその温もりが欲しいと。
 森で君を見た時、どうやって話そうか迷ったんだ。嬉しくて嬉しくて、本当はすぐにでも飛びつきたかったんだと伝えるように寄り添う。
「俺の大切なエメトセルク。君が生きていてくれるのが一番の願いさ」
 吐息が触れてアゼムは間近でエメトセルクを見つめ、唇に唇を触れる。
 その距離がなくなる感覚に今まで離れていたことなんて一切なかったかのように、エメトセルクはそのままアゼムのキスに自分からも応えた。
 アゼムが旅に出る時の方がよっぽど時間は長いはずなのに、アーモロートからいなくなってしまった今の方が遥かに長く、ぽっかりと空いてしまった穴のように感じていた。
 アゼムは必ず帰ってくる。そう信じていたからだろう。
「アゼム」
 名前を呼ばれ息を吸い込むとエメトセルクの唇に言葉も呼吸も塞がれてしまう。
 カッと急に身体が熱くなって歯止めが効かなくなるとはこのことだろうか。今すぐにアゼムを押し倒して全てを暴いて自分のものにしてしまいたい。
 二度と触れることはなかったかもしれないその熱は変わらない。
「それは私の台詞だ、馬鹿者」
 お前が生きていてくれなくては私はどうしたらいい、と胸が苦しくなる。
 だから傍にいて欲しい。昔のように、帰りを待つように。
 それが願えないのならせめて今だけでもと、刹那に飢える。どうしたって忘れることのないその熱は互いを覚えていて離さない。
 逸らすことのない目が出会い、唇がまた重なる。何度も角度を互いに変えながら啄んで、肩から腰へと手を摩って抱いた。
 アゼムの上唇を食むと舌を出して上顎の歯茎を舐めるとぞくぞくと背中が震える。アゼムも自分から舌を差し出すと吸い上げてエメトセルクの口腔で犯された。
 お腹の中心が熱を帯び始めて腰が揺れるとエメトセルクはアゼムを押し倒す。
 腕を絡め、もっと欲しいとキスをせがめば彼は抱擁と一緒に与えてくれた。
「うっ、ん」
 紅潮した頬を摩り、エメトセルクはしっとりと濡れたその美しい瞳でアゼムを射抜く。
 アゼムの瞳も艶を帯び滲んでいた。
 髪を撫でつけ耳の付け根から頬へと唇が滑り、また唇へと戻っていくとアゼムの閉じたまつ毛が震えた。
 息継ぎをする間もないほどに降ってくる口づけに夢中になっていると、エメトセルクの熱くなった早急な手がアゼムの着衣をするすると脱がしていく。
 触れたい一心の想いに身が焦がれ早くと急かす。
「あ、はぁ……っ」
 零れた息は熱く膨れ、ため息となる。エメトセルクが素肌を探り贅肉の付いていない脇腹から胸へと手を這わせた。
「少し痩せたんじゃないか」
 エメトセルクは乾燥した肌に触れてそう漏らすとアゼムはそうかな、と笑った。
 確かに言われてみればろくなものを食べてはいないな、と思ったがすぐにそんなことなど頭の片隅においやってしまう。
 今はただこの痴情に酔うことが最優先だった。
 彼の指が胸の突起を摘まむとアゼムは喉を晒しながらまた感嘆の息を漏らした。指の腹が敏感になった粒を優しく押して親指と人差し指で転がせば痺れる感覚が下腹部へと下りていく。
 それが甘い刺激となって自分の中心に熱を持たせていった。その熱は血液と一緒に巡り全身へと流れ、飲み込んでいく。
 じわりとさっきまで乾いていた肌が汗ばんでいくのを感じた。
「うっ、あ……あっ」
 触れられた箇所に思わずアゼムが呻く。内腿を摩っていた手が膨らませた欲に触れ、ゆっくりと揉むようにすればアゼムの腰はもどかしそうに揺れる。
 エメトセルクの充血した唇が薄い胸板に口づけ、舌先で突起を弄ればさらに腰が浮いた。
 下着の上からじわりと滲んだ染みにエメトセルクは唾を飲み込んで嗤う。
 人のことを嘲笑えないだろう、彼と同じように自分も興奮しもっと触れたいと望んでいるのだ。
 堪えきれない欲望をむき出しにしてこの男の意識を奪い、連れて帰ろうかと邪推なことさえ考えてしまう。檻にでも閉じ込めておいてどこにもいけないように。
 エメトセルクは滾る熱情のままにアゼムの身体を弄る。
 アゼムもその想いは一緒だった。エメトセルク、と熱くなった息と共に名を口にして身体を起こすとローブを脱がせた。露わになる肉体は逞しく、すぐに触れたくなる。この腕に抱かれることを一番に望んでいるのは自分だ。
 エメトセルクを押し倒すようにアゼムは積極的に手を首へ肩へ伸ばし、舌を這わせると小さく彼が呻いた。
「エメトセルク、」
 圧し掛かってきたアゼムは自分の屹立した雄を同じように勃ち上がった彼の熱源へと擦り合わせる。先端と先端が触れ合い、先走りの液が混ざり合う。
 片手でその二つの熱を握り下から上へと扱けば手のひらが滑る。
 エメトセルクはアゼムの首の裏を掴むと強引に口づけた。息をするために空いた口を塞いで舌を誘い出し、表面から裏までくるくると舌を絡ませた。エメトセルクはアゼムを跨がせたまま上半身を起こし、キスをしながら彼の手に手を添えて一緒に快感を探った。
「あ、ぁ、は」
 赤くなった耳たぶを食まれ、エメトセルクの指が尿道の入り口をひっかいてくる。付け根から竿のカリの部分までしっとりと濡らしながら緩い圧を加えていけば、もう十分すぎるほどに硬くなってしまった。次第にアゼムは手を性器から離し、エメトセルクへとしがみ付いていた。
 溢れる液体は絶頂が近いことを示すようにだらしなく零れ、いやらしい音をお互いの間で漏らしている。
「あぅ、あ、もう出そうっ、」
 温かい手のひらから伝わる刺激が気持ちよいのと、もう一つの勃起した雄にもよって擦られると背筋から頭のてっぺんまで一気に伝わる痒い痛みにおかしくなりそうだった。
 エメトセルクは意地悪することなく、その高みへとアゼムを連れていってやる。
「ああ、っ」
 イく、と小さく囁いてアゼムは身体を震わせてエメトセルクの手のひらに性欲を吐き出してしまった。吐露したものは勢いよく飛沫して雄の匂いをまき散らす。
 真っ赤に染まった頬と蕩けた瞳からは溢れる涙があった。
「アゼム」
 愛おしそうに呼んで、エメトセルクは彼をベッドへと倒すと身体を反対にさせて四つん這いにさせる。尻を突き上げさせるような姿勢にすると臀部を撫でて、まだ慣らしていない窄まりへと自身の熱を宛がった。
「あ、待って、ぁや」
 いきなり挿ってくる狂暴な熱にアゼムは背中を撓らせて、何かに縋ろうと手を伸ばしたが指先はベッドを滑るだけだった。
「ひっ、ぁ、うう」
 その隘路は押し入ってきたものを強く締め付けて押し出そうと蠕動するが、エメトセルクは構わず腰を掴んで挿入させる。
 肉を裂いて入ってくる熱に入り口は痛々しそうに拡がり、声を枯らして啼いた。
「えめ、いきなり、っ入れたら、ぁ」
 痛い、とか細い声で文句を言うが当然エメトセルクも同様にそのきつい肉壁に眉を顰めている。
 額から汗が零れ、アゼムの背中へと落ちた。
「それでもお前のここは私の形をちゃんと覚えているな」
 深くまで埋めてしまうと長い息を吐いて、そう感心したように告げるとアゼムは恥ずかしさに肩を震わせた。
 確かに痛みはあったけれど入ってしまえばその肉はエメトセルクを法悦そうに締め付けて蠢いている。
「それに、慣らしてはいないがすぐに挿ったな。もしかして自分でも弄っていたんじゃないか?」
 すっ、と背の太い骨を指で撫でればアゼムは頭をベッドに擦り付けた。
「う、うるさい、なっ、」
 図星、ともとれるような否定の仕方でエメトセルクはくっくっ、と喉で笑う。
 腰を押し付けたまま身体を折り曲げて、アゼムの手の甲に手を重ねた。
「正直、私はお前のことを考えて一人で抜く夜もあるぞ。お前にどうやって触れていたか、どんな声だった思い出して」
 赤裸々な言葉とふっと項に息を吹きかけ荒れるとアゼムの身体は欲望の炎に焼かれる。
「お前は違うのか、アゼム」
 どんな想いで過ごしていたのか、どんなに恨もうと思っても出来なかったか。
 浅はかとは思っても想いことはやめられなかった。痴情と愛情に満ちた時間を忘れるわけがない。
「……君、少し素直になったね」
 いつもなら本心などさらけ出すことをしなかったのに今では構うことなく、どんな恥ずかしいことでも口にしている。
 それが自分のせいだと思うとおかしくて嬉しくて笑い出しそうになった。
「誰のせいだと思ってるんだ」
 エメトセルクはむっ、と唇を結ぶとずるずると深くまで入れた雄を引く抜き、また奥まで貫いた。
「あ、ぁぁ」
 また挿入される欲の塊の感触にアゼムは声を震わせた。身体が痙攣し、エメトセルクの欲熱をしっかりと捉え形を狭い空間に埋める。最初こそ痛みを伴っていたが、エメトセルクが少しずつ吐き出した先走りによってその場所は湿っていく。
 ゆっくりした抽送から始まり焦らすように腰を揺らせばアゼムの腰も揺れ動いた。
 じりじりと甘くて蕩ける痺れが腹を突き上げ、何度も犯してくることで得られる愉悦に頭はいっぱいになっていく。
 エメトセルクがピストンを強めると肌がぶつかる音、内部から擦れた肉のぬるい音とアゼムの息遣いが部屋を満たしていた。
 孕んだ熱と熱は何度も溶け合って互いを一つにしていく。
 そして自分の熱はアゼムの隘路に何度も扱かれ、気持ち良さに昂る欲をその中へと身体をぶるりと震わせて流し込んだ。
「あっ、う」
 その灼熱の波が流し込まれるとアゼムは満たされていく腹にぎゅっ、と瞼を閉じた。精を残らずアゼムへ吐き出すと、エメトセルクは強張った身体をようやく緩めて白髪の髪を掻き上げた。
 どくどくとうるさく心臓が鳴っている。
 項垂れたアゼムを見下ろして、そっと背中を抱き締めて呼吸が落ち着くのを待った。
「エメトセルク、」
 伏せた顔を横にしてエメトセルクをちらりと濡れた目で見上げる。
「俺は君のことが好きだ」
 その言葉は今更かもしれないが、それでも告げておかないと次はないかもしれないという恐怖だった。こんなにも与えてくれるものがあるのに自分には何が出来るのだろうか考えると、それぐらいしか浮かばなかった。
「君のことしか考えれないし、生涯君だけが俺の友であり唯一の人だ。俺は君のことが好きになれて、本当によかった」
 この星の未来がどうなってもそれはずっと不変だと、アゼムは言う。
 例え道が違えど思いと願いは一つ。
 すべてが終わった後、また会えると信じているからさよならを告げて飛び出したんだ。何があっても後悔しないと。けれどまだ間に合うなら何度でも告げたい言葉がある。
 好きだと言う感情は何にも代えがたいということ。
「……お前な、そういうことを今言うか普通」
 エメトセルクは前髪をくしゃりと乱して、頬をほんのり赤らめる。何度も聞いた囁いた台詞ではあったがこのタイミングで言うのはずるいの何者でもない。
 そして繋がった箇所がまた大きくうねる熱を求めて大きくなった。
「あっ、ちょっとエメトセルクっ」
 あっという間にその熱はまた硬度を増して、アゼムの中へと侵入した。ぐっと押さえつけられ、再度貫いてくる熱情に痺れる声が上がる。
「お前が悪い、」
 そう言ってエメトセルクは熟れた箇所へと再び勃起し始めてしまったもので腹を突き上げた。
 吐き出した白濁の液が出し入れするたびに出入り口から零れ落ち内腿を汚す。エメトセルクはアゼムの腕を掴んで自分の方へ手綱のように引くとぐっ、と顔が上がり首を振り乱す。苦しい、とアゼムは息を何度も吐いたが同時に襲われる快楽の海に溺れていく。
 揺れる身体を片手で支えながらアゼムはまた疼く熱の所在に戸惑い、痴れる。
 奥から爛れる欲情の捌け口を探してまた彼の熱もゆっくりと大きくなっていた。
「あっ、」
 エメトセルクに擦られるたびにその快感がくすぐり、もっと欲しいと要求してくる。窄まりから入ってすぐの肉壁に性器が興奮すればしこりの塊が出来る。そこを刺激すれば射精感を促されて気持ちがいい。また這い上がってくるものに自分自身にも犯されて、与えられる熱と絡まってどんどん淫らに染まっていく。
「えめと、せるくっ」
 呂律の回らない舌で呼んで、腕を掴み返すとエメトセルクは腰を振るのをやめた。息を切らしながら髪は汗で頬に張り付いている。
 半開きなったその唇が微かに動いてこう告げる。
「君の顔が見たい」
 そう滲ませた声で訴えたのだ。
 この男は心底性格が悪い。意図してなのかただの無知の馬鹿なのか、時折頭を抱えたくなるほどに誘うのが上手い。
 だから好かれるのだろうがそれを自分以外にしてもらっては困るというものだといつも心配になるほどだ。
 エメトセルクは自身の熱を引き抜き、アゼムを仰向けにさせると額に張り付いた髪を退けさせて、またすぐに屹立した雄を彼の中へと沈めた。
「ああっ、はぁ」
 ようやく見ることができたエメトセルクの顔をアゼムは嬉しそうに目を細め、入ってくる感覚に酔い痴れた。こうして向かい合うと内臓が押し上げられる感触が強くなる。
 今、自分はエメトセルクとセックスをしているんだという実感が持てた。
 浮いた腰を掴み彼が奥深くまで埋める。
 熱く汗ばんだ肌が絡み合って解けなくなる。
 終末がくるなんてどうでもいい。ただ今は腰を振って恥辱を貪る獣になってしまえばいいとさえ思う。
 擦り上げられた刺激が弾けそうになるのを感じて、アゼムはエメトセルクに懇願する。
「あ、また、イキそうっ、ふ」
 気持がいい、と訴えて彼にしがみ付く。
 エメトセルクは頷いて、アゼムの震える雄を握り数回扱いてやればはしたなくそれはまた熱の迸りを弾けさせた。
「うっ、出すぞっ、」
 同時にエメトセルクも腰から這い上がってく熱の行方に答えるためにそう零し、激しく腰を打ち付けて抉る。
 アゼムの身体が大きく揺れて、身体を侵す熱を待ちわびる。
「あ、あ、はっ、えめ、ぁ」
 気持いいかと荒い呼吸で聞かれれば、喘ぐ中で何度も首を縦に振る。気持ちが良い、と言葉にすればそこからもう溶けてしまいそうだ。
 この強烈な感覚に声が抑えることはできなかった。
「君が好きだ」と、うわごとのように囁けばエメトセルクが顔を顰めた。知ってる、と言わんばかりに口づけて。
 必死な顔で一心不乱になって性欲のために腰を振るのを眺めるのはなんと心地よいのだろうか。こんな身勝手な自分でもまだ愛してくれているということに泣きそうだった。
 どうしたら彼を悲しませないだろうか、どうしたら傷つかずに手放すことができるだろうかとばかり考えていた。
 どうだって結局は変わらない。自分は傍にはいられないのだ。けれどそれは一生ではない、また必ずその道は繋がると願っている。
 繋いだ手がきっと、またどこかで交わるのを。
「あぁっー、」
 エメトセルクが最後に穿てばその先からは白濁の劣情で肢体を蕩けさせると、アゼムはひと際大きく啼いて快感が染みていくことに身を委ねた。

 

 


 目を覚ますともうそこには自分一人だった。
 暖炉の火はもう消え失せていて、窓から挿す明かりの太陽だ。
 隣の温もりを探して摩ってももうそこは冷たい。
 けれど、気分はとても穏やかだった。
「──」
 その名前を知る人はもういない。
 それでも覚えている。
 忘れることは生涯でない。世界がたとえ忘れてしまっても。
 また逢おう、微睡の中で約束したのだから。

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