
Hallowe'en
「お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ!」
そう言って突然、やってきたのは誰かと思えばアゼムだ。
執務室で一人せっせと終わらない職務をこなしていれば、コンコンと扉が鳴ったのだ。もう部下たちも帰らせたあとだったため、こんな時間に誰が訪ねてきたのかと思えばだった。
「……おい」
何してるんだ、とアゼムだろうという男に舌打ちをする。
アゼムであろう男、は頭から角なのかよくわからないものを付けて、大きな口を開けると前歯に長い牙をつけている。顔にはペイントメイクを施しているのかわざと血色を悪くしていた。
そのアゼムは佇む彼に向ってもう一度、
「お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ、エメトセルク!」
と、ケラケラ笑いながら叫んだ。
「なんの真似だ」
「なんの、て君今日が何の日か知らないの⁉」
ええ、と大きな声を出すと付けていた前歯の牙がエメトセルクの胸へと向かって飛んだ。
今日は十月三一日、俗に言うハロウィンだ。
エメトセルクは眉間の皺を伸ばすように指を宛てて、大きくため息を吐く。
「知らないわけではないが、それは子供がすることだろう」
お菓子をくれないと悪戯するぞ、と言って大人からお菓子を強請るのは仮装した子供であっていい大人がすることじゃない、とエメトセルクはアゼムに呆れる。
アゼムはいいじゃないか、と腰に手を当てて笑った。
「楽しいことは大人も子供も変わらないさ」
「おい、まさかヒュトロダエウスもいるんじゃあないだろうな?」
なんだかふと嫌な予感がしてエメトセルクは身構えるが、どうももう一人の悪友はこの場にいないらしい。
「ヒュトロダエウスなら広場でお菓子を配ってたかな」
「ならお前もそっちに行ってこい」
しっしっ、と手を払って追い出そうとするとアゼムはむっ、と唇を曲げてエメトセルクのその手を取った。
「俺はいいんだよ、君に悪戯しに来たんだから」
「邪魔をしにきたの間違いだろう」
アゼムは駄々を捏ねるように腕を掴んで、ね?と悪びれもなく笑った。その無垢で悪気がまったくない顔に腹も立つがここで怒ったところでこの男は痛くもかゆくもないだろう。
もしろからかえて嬉しいとさえ思っている。
「菓子はもってないぞ」
「知ってるさ」
ちらり、とアゼムはエメトセルクを見上げて白い歯を見せる。エメトセルクが部屋にお菓子を置いているところなんて一度も見たことはない。
「だからさ、君もおいでよ。たまにはさ」
腕を引っ張り連れ出そうとするアゼムにエメトセルクはやめろ、と足を踏ん張る。
「アゼム」
こうなると言うことを聞かなくなるのはアゼムの悪い癖だ。しかしエメトセルクも負けてられない。
「エメト─」
セルク、と続けようようした声が思わず途切れてしまう。
エメトセルクはアゼムの腕を引っ張り返すと部屋に引きずり込んで、扉を閉めてしまったのだ。ふらついた足先がエメトセルクの足先にこつんと当たって、腕に縋りついてしまった。ぶつかった胸からエメトセルクの顔を恐る恐る見上げると、にやりと微笑む金色の目と出会ってしまった。
「お菓子をくれないと、どうすんだって?」
エメトセルクはそう、何やら企みを含んだ声色で聞いた。
「えーっと」
アゼムはなんだかまずい空気になってしまったことに気が付いて、乾いた笑いを零す。
するりとエメトセルクの手が腰に伸びてくるとそのまま耳元で囁かれる。ふっと当たる吐息と鼓膜を揺らす声に背筋が急にぞわぞわとした。
その言葉に思わずアゼムは耳まで真っ赤にして、狼狽した瞳でエメトセルクの腕を掴んだ。
何を囁かれたのかは二人の秘密だ。
