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envy

見上げた空は雲一つないほど澄んでいて、それはそれはとても美しく自然に囲まれた庭園だった。
 舞い上がる風が木々を揺らして天高くに吸い込まれていくのを青年は見上げ、目を細める。不思議と初めて訪れた古代人の住む世界だというのに胸に温かく灯るものがありくすぐったかった。
 それはアゼムのせいだろう。
 この魂にはどうやらその人がいるらしい。
 一人フラフラと歩いていれば仮面を付けた人たちが手伝ってくれないかい?珍しい使い魔だね、ああアゼム様の使い魔だから変わった姿なんだね、と納得して接してくるのがおかしくていつも肩を竦めた。
 アゼムとはそんなに変わった人格なのか、と自分ですらも呆れそうになる。
 最初に使い魔かな、アゼムはそこまでしてここに来たかったのかな、と言ったのはプロピュライオンで出会った二人、エメトセルクとヒュトロダエウスだ。
 エメトセルクはそれなら何がなんでも本人が突撃してくるだろ、と厭そうな顔をしていたのをよく覚えている。
 そして自分は何者かも話さないのに変なエーテルを纏ったものが視えてしまったが故に希薄な姿をわかりやすくして視察に付き合うことを許してくれた。
 まぁ主に許してくれたのは面白がったヒュトロダエウスの方でエメトセルクは勘弁してくれと言わんばかりに呆れていたが。
 この箱庭、エルピスで終末を食い止めるための何かを探しに来たのだが今のところは終末がこのあと訪れる世界とは思えないほど人々は争いとは無縁のように生きている。
 それに未だにあのエメトセルクとは思えないエメトセルクがいることが本当に信じられなかった。
 自分の知っている姿かたちをしていないが気怠そうにしゃべりめんどくさそうのするが最終的にはため息を吐きながら断らずに付き合ってくれる、そんな性格は古代であろうがアシエンだろうが変わらないのだろう。
 厭そうにしながら人からお願いと頼まれると断れないのは昔からそうだったんだな、と思うとつい口元が緩んでしまう。
 けれどそんな彼の命を懸けた物語と願いを砕いてしまったのは誰でもない自分だ。
 その砕けない願いは今でもこの胸を焦がして、確かに生きていたことを覚えていろ、と囁き続けている。
 そう、彼はここで生きている。
 彼は知っていたのだろうか、こうして自分がここに来ることを。
(ひどい仕打ちだな、そうだったら)
 ここで生きていたことを知って、終末が訪れる原因を見ていることしかできない幻影でしかなくてこの世界を救うことは許されない。
 英雄なんて言ってもこの手で掬えるものは少ない。
 いつも大切なものが指の歪みから零れ落ちていく。
 見つめおろした手のひらは空っぽで、とても虚しくなる。
「何一人でニヤニヤしてると思ったら次はこの世の終わりみたいな顔か?」
 アナグノリシス天測園にいる古代人の頼まれごとを済ませ、物思いにふけっていたところに目の前にぬっ、と大きな影が現れた。 
 その声は今の自分に一番欲しかったものではっと顔を上げる。
「エメトセルク、」
 腕を組んで恭しく青年を見下ろしていつもため息を吐いて首を傾げ、「百面相だな」とせせら笑った。
 知っている彼のほの暗い月のような色をした瞳より輝くその金色は古代人の特徴なんだろうか。ヒュトロダエウスも他の仮面を付けていない人たちも鮮やかな色をしている。
「何かあったのか」と、一応聞いておいてやるという態度で言われると彼は肩を竦めていいや、と答えた。
「ちょっと疲れただけ何でもないよ、ここの人は俺を見ると何かと頼んでくるんだ」
 次から次へどこから誰から伝わったのか、アゼムの使い魔が困ったことを助けてくれるよ、と噂が広まっているのか。
 エメトセルクは「ほんと厭になるほどそっくりだな」と、鼻で笑った。
 お悩み相談役だから仕方ないのか次から次へと厄介事を持ってきては大げさにもする。人から頼られてそれで悩んだり疲れたり落ち込んだりすることもある忙しい奴だ、とエメトセルクは風にそよぐ白い髪を押さえながら言った。
「あいつもよく笑うし泣くし怒るし落ち込む。めんどくさいほどにな」
 思い出したくもないことを思い出してしまったのかエメトセルクの眉間に皺が寄った。その嫌そうだった顔は視線を逸らすと何か思ったのか優しく目を細める。
 それはとても見ている側からしてみればわかりやすいほどに愛情を滲ませていた。
 エメトセルクはアゼムを愛しているんだな、と。
 なんだかそれがとても息が詰まるほど苦しい真実だと思ってしまった。
 ああ、愛されているのはアゼムであって俺ではない。
 それはこの昔でも出会った時の姿でも、それはエメトセルクにとってはアゼムはただ一人で自分ではない。
 なんだかとても胸の中が刺々しい気持ちになってきて薄い唇を噛んだ。
 同じ魂だとしても、自分はなりそこないでしかないのだ。
 なぜこんなに虚しくなって醜い嫉妬をしてしまっているのか。したって仕方がないのにせずにはいられない。
 この人の願いを打ち砕こうとしたことだけが、自分のできたことだ。
 ただ生きていたことを覚えていることだけが残されたこと。
 彼の青い目が狼狽して俯くと歯を食いしばって何考えてるんだ、とバカバカしくなってくる。
「どうした?具合でも悪いのか?」
 なんだか様子がおかしいことにエメトセルクは問い掛けるが彼は黙ったままだ。しばらくそれを眺めていると双眸を閉じ長い溜息を零して、
「まったく、めんどくさい奴だな、お前も」
 本当に厭になると、飽きれた声色で言った。
 どうしてだかこの視えてしまった小さな生物がアゼムではないとわかっていても本当にそっくりで同じ魂の色を匂わせていればほおってはおけない。
 どうして自分たちと同じ目的でここにいるのか話そうとはしないが、それを無理矢理聞くほどの理由はないし、危害を加える者ではないとなぜか信頼しているからだ。
 アゼムと同じ色だから、という理由が安直なのは自身でもあいつのことになると甘いな、とは思っているが。
 そしてエメトセルクはその大きな手で彼の頭をぽん、と叩くようにしてそのまま髪の毛をくしゃりと掻き撫でた。
 突然の感触に驚いて体は固まってしまった。
 厭になると言いながらもその手は温かくて優しいもので、心配してくれているのだとわかる。
(ほんと、めんどくさいよな)
 自分が自分で嫌にもなる。
 こんなことで嫉妬したって何も変わらないし愛されるわけでない。
 エメトセルクは見上げてくる青い瞳にハッとして手を慌てて退けると、双眸を左右に動かして、「いや、これはだな、」と言って思わず手が出てしまったことを取り繕うとする。
 どっかの誰かもよく落ち込んでいる姿を見るとついそうしてしまう癖が身についてしまった。そうすると嬉しそうに見上げてくる顔が憎めなくてしょうがない奴だとつい甘やかしてまう。
 こいつの視える魂がどうしても似ていて思わず軽率にしてしまった行動を恥じる。
 ああ最悪だ、とエメトセルクは口元に手を当てて目を逸らすのを見て、彼は口端を上げた。
「ありがとう、優しいんだなエメトセルクは。俺はなんともないよ」
 そう言ってくしゃりと作り笑いをした。
 その時遠くからエメトセルク、と呼び声が聞こえた。振り返ると手を振っているヒュロトダエウスが見える。
 一つ風が吹いて頬を冷たい線が掠めていく。
「ふん、なんでもないならそれでいいのだがな」
 ちょうどよく会話を終えれたことをいいことにエメトセルクは彼を一瞥すると背を向けて歩き出す。その背中を見つめながら彼が思い出すのは別の黒い背中だ。同じようで背負ったものの大きさが違う、切なくて失うことに絶望していた。
 どうしてアゼムはエメトセルクを一人にしてしまったのだろう。
 ひどい人だと思う反面、それはとても羨望できた。
「俺はアゼムが羨ましいよ」
 ぽつりとそう笑いながら零すと聞き取れなかったエメトセルクが何だと聞き返すが彼は首を振ってなんでもないよ、と言ってエメトセルクを追い越して走り出した。
 彼の心にはいつだってその人がいる。別の世界に生まれたとしても何万年も囚われてきた。
 そして彼は彼が愛した世界のためにたった一人で情熱の宿命を背負った。
 その事実を変えることは出来なくても、自分は覚えていられる。
 彼が覚えていろ、と言ったことは忘れない。
(いいや、羨ましくなんかない。俺は俺だー)
 この魂に刻まれた色がなんであれ、自分が恋しいと思う人は変わらないしあの日、あの時、あの場所での言葉はただ一人自分へのものだ。
 走り出した想いは空を駆けて巻き上がっていく。
 舞い上がってさらに遠くまで。
 覚えていろと残された想いを抱いてどこまでもいこう。
 それがどんな幕を下ろすのか、きっとそれはまだ誰も知らない。

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