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それはほど良い夕暮れの時間だった。
家路に着く者もいれば酒場で仲間と談笑しながら飲み明かす者たちも多い。特に冒険者たちや賞金稼ぎたちが集まるクリスタリウムのバザール近くの酒場、彷徨う階段亭はいつも賑わっていた。
闇が戻って来てから人は自然と集まってきた。
闇の戦士が罪喰いを倒してくれたおかげで怯えずに済むと笑い、闇の戦士に憧れてその手に武器を持ち鍛錬する若者も多い。さらに賞金稼ぎなんかは我先にと罪喰い討伐情報を求めてやってきた。
どの世界でも活気があるのはいいことだ、と一人でテーブルに座る青年はほろ酔いになりながら物思いに耽る。この青年が光を掃って闇を取り戻した張本人だとはこの場にいる者は誰も知らない。
彷徨う階段亭の麦酒は美味いから一度飲むといい、と勧められて一口試してみれば酒が苦手な人でも愉しめる酒だった。
青年はどちらかと言えば酒は得意な方ではない。
勧められれば飲みはするが、ドワーフたちを相手にすることは絶対にしたくなかった。あの小さな体でとんでもない量の酒を飲むのだ。一度付き合わされたら気絶するまで離さないだろう。グラスが空くと、店員のサイエラがまだ飲むかい?と聞いてくる。
青年はどうしようか迷って、最後にもう一杯くれないかと注文することにした。さきほどまではテーブルにサンクレッドもウリエンジュもいたが彼らは明日の朝が早かったため晩酌はほどほどにして部屋に戻ってしまった。
双子のアルフィノとアリゼー、リーンはもう寝ている時間だ。
ちなみに自分の明日の予定は特にない。
罪喰い探索を手伝うと言っても、彼らはいつも自分の体に気を遣ってか休めと口を酸っぱくして言うのだ。
おかげで明日の予定は何もない。
(クラフターでもしておくか。武器の手入れもしておかないとな)
こうした時間は作ろうと思わないとなかなか出来ないものだ。
素直にそうした時間を作ってくれたことに今は感謝して予定のない日を過ごそうと運ばれてきた麦酒のグラスに口を付ける。
たまにはこうして一人で楽しむ酒があってもいいもんだなと独り言をぼやいて細めた目でぼんやりと酒場に集う人たちを眺めていた。するとふいに自分の後ろから声がして視線を上げる。
「やぁ、君一人かい?」
そう柔らかい物腰の声の男に挨拶をされて彼は首を傾げ、「一人だけど、あんたは?」と、聞き返した。
男は彼ににっこりと笑いかけると目の前に椅子ではなく、なぜか隣の椅子に座る。それに疑問に思えば後々後悔しなかったかもしれないが今はそんな疑問など微塵も感じなかった。
その男は長身のエルフで賞金稼ぎの風貌をしていたがその割には身なりが綺麗なことから出身はいいところの出なのだろう。軽く後ろで一つに結んでいる黒髪が顔を傾げると揺れる。
サイエラがやってくると、男は彼と同じものを注文してまたにっこりと笑う。
「俺はダージェ、クリスタルリウムには初めてきたんだけどとても綺麗なところなんだな」
よろしく、と言って手を出されると彼は自然にその手を握って名を名乗る。握り返してきた手はどこか手放したくないようにほんの数秒、そんな感触があった気がした。なぜ急にこのダージェという男が自分のところに来たのはわからないが無碍にするわけにもいかなくて、そうだな、と口元を緩めた。
こうして初対面の人に声を掛けられることは初めてじゃない。冒険者を始めてからはいつだって一期一会の出会いがある。
一人でいたい時もあれば誰かと話した時だってある。それは悪いもんじゃないと知っているから彼は声を掛けられても警戒をすることはあまりなかった。
よくしゃべる男で話上手だったせいか、自分もどこに行ったかどんな冒険をしてきたかを話してしまい思いのほか酒が進んで最後の一杯としていた麦酒を飲み干してしまうと男が注文してくれた。
(まぁいいか、明日の予定はないし)
少しは飲みすぎてもいいか、と楽観しその注文を止めはしなかった。
少し時間も更けてきたせいか、酒場に集まる人の影も少なくなってきている。ほろ酔いだった気分が少しばかり熱っぽく感じ、動悸がしている気がして本当にこれで最後にしておこう、とグラスの中で音を立てる透明な氷を見つめる。
ふとその時、男の手のひらが自分の腿に触れてきたのだ。優しく摩るように。
「大丈夫かい?お酒弱いんだ?」
そう言って俯き加減になっている顔を覗き込まれるとその近さに思わず驚いて意識が急に明確になる。
「あ、ああ、そんなに飲めはしないんだ」
腿に触れている手はまだそこにあり、俺はなんでだろうと視線を落としたがすぐにその理由は判明する。
にっこりと笑う男はそうなんだ、と言って顔を寄せてくると、
「君、すごくいい身体してるよね。俺、君みたいなの好みなんだ」
突然色づいた声色でそう囁くように言われると、背中が粟立った。そんなつもりで話していたつもりでもないし彼がまさかそうした意味で自分の隣に座ったなんて思ってもみなかった。
いやしかし考えてみれば初対面で椅子がテーブルの対面にもあるのにわざわざ隣に座ること自体を不思議に思わない自分の落ち度だ。とは言ってもこんなことは人生で初めてことだ、対処できるようにしておけという方が無理ではないか。
そうぐるぐるとする思考は酔いのせいもあるのかまとまらない。さっと血の気が引くのと同時に顔がさらに熱くなる。
「い、いや、その」
困る、と一蹴してしまえばいいのだが自分にそうした趣向がないわけでもない、と思うとどう言えばいいのか言葉を選んでしまう。
実際、男相手ともセックスはしたことはある。この男はどちらかと言えば抱きたい方だろう。どうして自分はそうした人に好かれしまうのかは謎だが。それを考えたら脳裏に浮かんだ顔があって妙な気持ちにさせられた。
彼に触れられた箇所から伝わる刺激的な熱を思い出してみると、この男が触れているところからの熱はただの感覚でしかない。
あの男が自分にとっての特別なのか、と過ってしまうとイヤイヤと否定したくなってしまった。
「よかったら部屋に来ない?そこの宿をとってるんだ」
肩を掴まれて耳元で言われるとざわっとした。泥酔まではいかないが酒が入っているせいか、その腕を解けなかった。そして男は水を飲んで、と親切にコップを掴んで飲ませてきた。
「すまない、俺は、」
そう言いかけて無理に席を立とうとするとテーブルに足が当たって倒れそうになる。それを支えたのは隣の男だ。彼は大丈夫、と言っておぼつかない足の青年を支えながら歩き出そうとする。このままだと男の部屋に望んでいないのに連れていかれてしまう。闇の戦士やら光の戦士、英雄と言われている自分がたかが酒を多く飲んだだけどこんな支えられない
と立てなければうまくしゃべれない。
いや本当に酒のせいだろうか。
視線に捉えたのはテーブルの上の少なくなった水。
(嘘だろ、もしかして何か入ってたとか?)
親切だと思った自分が馬鹿だったと後悔しても遅い。他から見たら酔いつぶれた相手を介抱しているように見えるため誰も不思議に思っていない。
「ちょ、っと待った、俺は君の部屋にはー、」
行かないという意思は伝えないと、呂律が回らない口で言おうとした時だ、鬱蒼とした声が聞こえてきたのは。
「そいつはやめておけ」
後ろから発せられた知っている声は薄ら笑いを浮かべて愉しんでいる様子で、酔いと途切れそうになっている意識の中で最悪だと呟かずにはいられなかった。
いつも気怠くどこからともなく現れて場も心も乱してくるその黒い影を感じる。
(なんでいるんだよ、)
自分より先に隣の男が振り向いて、誰だよと威嚇するような声で言っている。
「私か?私はそいつの連れでね、いつも厄介事に巻き込まれて迷惑しているんだよ。いい加減その人の良さそうな顔で人を誑かすのはやめて欲しいもんだ」
そう、エメトセルクはため息交じりにそう言って鼻で笑った。
男はさっきまでの優しかった声色とは違って突然呼び止められて邪魔をされたことへの苛立ちからか声を荒げていた。何を言っていたかはよく聞こえなかったが、絶対にやめた方がいい、と心底思う。
この掴みどころのないエメトセルクという男に絡めばどうなっても痛い目しか合わないだろう。
「エメトセルク、俺のことは、ほっといてくれ」
あんたが関わるとろくなことにならないだろ、という意味を含めて言うがそれをくみ取ってなのかそうじゃないのか、エメトセルクは眉を顰めて口端を上げる。
「はっ、せっかく助けてやろうって言うのに余裕だねぇ。どこぞの男の部屋に連れ込まれそうになっているっていうのに。それともそうしたいということかね」
助けてやる、というわりには挑発的な言葉を被せてくるのがまたこの男の悪い癖だ。本心なのかからかっているのかイマイチ掴めないのがまた腹が立つ。
エメトセルクはまぁそんなことはどうでもいい、と肩を竦めると彼の腕を掴んだ。
「行くぞ」
そう言って強引に連れて行こうとする男から奪おうとすると当然、男は抵抗して離そうとしない。
「彼はほっといてくれ、と言ってるだろ」と言って再度腕を強く掴んでくる。さすがに痛い、と思ったがどうしてこんな事態になっているのかもわからないし、少なくても周りからの視線がつらい。
頭の中も朦朧してきそうだし兎に角、この場からさっさと消えていなくなりたかった。エメトセルクもさっさと姿を消したいのか少し苛立った声でいい加減にしておけ、ととても面倒くさそうに声を落とした。しかし男は構うことなく、行こうと手を引っ張った。
「ちょっー、」
強引に引っ張られたことに足を踏ん張るが足が縺れてバランスを崩して前のめりに倒れそうになったがそうはならなかった。
膝を付きそうになった体を腹に手を回して助けてくれたのはエメトセルクだ。
「やれやれ、ほっんとうに世話の焼けるめんどくさい男だなお前は」
女性からこんな風に助けてもらったらトキめく、とか思うのだろうが今の自分には羞恥心しかない。けれど彼は意外と肉体労働は嫌だとか戦力は期待するなというわりにはとても力強い腕をしているのは知っている。
エメトセルクは彼を立たせるとまだ歯向かってくる男を嘲笑った。
男はもう意地になっているのか顔を赤らめて大股で詰め寄ってくると、腕を振り上げる。
エメトセルクはそれを怖いとも何とも思うことなくスローモーションを見るかのように動じない。
その拳が当たらないと知っているからだ。
それは一瞬のことで。
エメトセルクの真ん中で別けられた白と墨色の前髪が揺れて目の前にはさっきまで朦朧としていたはずの彼がいた。
男とエメトセルクとの間に入った彼が手にしているのはいつも護身用に持ち歩いている短剣だ。その短剣は抜いていないが男の腹を軽く抉っている。その動きは本当に人の目には速すぎて見えない動きだったため、男も何が起こったのかわからないままだ。見上げてくる視線は酔っていたなんて嘘のようにぞっとしてしまうほど澄んでいた。
「言っただろ?こいつはやめておけと」
くつくつと嗤うのは傍観者だったエメトセルクだ。
妙な時間稼ぎをしてくれたおかげなのか、意識が混沌から少しずつ浮上してくると彼の体は咄嗟に動いた。どちらかと言えばこのままだとエメトセルクが彼をどうにかしてしまうかもしれない。エメトセルクが殴られるとも思わないし、何かしないわけでもない。となれば、自分が動くしかないというのが理由だ。
むしろ全部自分のせいである。
「悪いけど俺は君の部屋には行かないし、エメトセルクもほっといてくれと言ったじゃないか」
事を大きくしているのはあんただろ、と付け加えるとエメトセルクは空を見てさぁ、なんおことかな、と素知らぬふりをする。
男は唾を飲み込むとその場に座り込んでしまった。
本気じゃない脅しでなんとかなるかと思ったが案外驚かせてしまったようだがもうこの際どうでも良かった。とりあえずもう諦めてくれるだろうし素面であれば相手にはしないしもし襲われたとしてもねじ伏せる自信があるほど自分の肉体は強靭な方だ。そうでもなければこんなに長い旅をしていられない。こんな事態になるのは想定外だし、二度のこの男に会うことはないだろう。
忘れてさっさと立ち去ってしまうのが一番だ。
短剣を腰に挟むと、盛大なため息を吐き栗色の前髪を鬱陶しそうに掻き上げる。
彼はごめんなさい、と律儀に謝るとふらふらとその場を後にした。本当は走って立ち去りたかったがさすがまだ体に芯が通っていないような感覚だった。
まさか自分がこの世界に来て一夜の関係を持ち掛けられるとは思っていなかったせいで、心臓のおかしな音が止まらない。しかもおかしな薬まで飲まされるなんて良い笑い話で最悪なことにそれを最悪で男に見られてしまったということが本当にタイミングが悪い。
どうしてかいつだってそうだ。
人気がない場所の壁に手をついてまた一つため息。
おかげで酔いは覚めてはきたが気持ちがざわついたままで落ち着かない。するとその時、後ろに気配を感じてハッとした時には遅く腕を掴まれた。まさかさっきの男が追ってきたのかと思ったがそれはただの杞憂だった。
「なんだ、私で不満か?」
そう言って声を出そうとした彼の口に手のひらを当てて嘲笑ったのはエメトセルクだった。
「エメトセルクっ、ちょー、」
エメトセルクは有無も言わせず手を引っ張るとズンズンと部屋のある塔からは離れていく。
なんだかそのいつもの猫背は少し怒っているような、苛立っているような気がした。
連れていかれた場所はマーケットから少し離れたところにある公衆トイレだった。公衆トイレではあるがとても清潔で嫌な匂いもしない。幸いそのひんやりした場所を利用している人は誰もいないようだ。それもそうだろう、営業しているのは彷徨う階段亭ぐらいで他の店は閉まっている。
「滑稽だったなぁ、お前が言い寄られているのを見ているのは実に面白かったぞ」
エメトセルクはそこでようやく手を放すと気怠い声で囁いた。
「いつから見てたんだよ」
男に絡まれるのも面倒なことだったが、この男にこうして絡まれる方がとても質が悪いというものだ。
「最初から、だな。よくもまぁ気が付かずにいたものだ」
最初から目的は見え見えだっただろう、と言われたがそんなこと気が付くわけがないだろと反論する。
エメトセルクは人差し指を彼の胸へと刺すと、「そのお人よしな性格は後々になって後悔するぞ」と忠告してきた。
さすがに自分もいい大人でこのアシエンである男にそんなことを注意されたら苛立ちもする。彼はエメトセルクを睨みつけて大きなお世話だ、と口をヘの字に曲げる。
彼はその反抗的な態度を眺めていてピクリと眉が上がった。酒場で眺めていた風景はとても滑稽だったが同時に苛立ちもしていた。それがどうしてだかなんて理解したくなかった。
(この男は自分がどれだけ呑気なのかわかっていない)
人懐こく笑い、人に好かれる。
それがどれだけ魅力的なのか本人は気づいていないのだ。そのせいでこうしたおかしなことに巻き込まれる。
エメトセルクは大きく息を吐くと、
「あのまま連れていかれて何をされるかお前はわかってないだろ」
そう言って彼も腰に手を回して抱き寄せた。
ぐっと近くなった顔に驚いたがあの酒場の男のように嫌ではなかった。
「っ、そんなこと、わかってるっ」
ふっ、と吐息が耳に吹きかかり抱き寄せた手のひらが意図を持って腰から臀部に触れてくるとぞくぞくと背筋が震えた。
「エメトセー」
離れようとエメトセルクの腕を掴んだがその手は空を掴んだだけだった。彼の白い肌触りのよい手袋の指先が頬を撫でると顎を掴んで無理矢理上を向かせ、強引とも言える口づけを名を聞き終わる前にした。
しかもそれは気まぐれのようなキスではなく何度も唇を噛み、角度を変えて貪ってくる。
自分の口の中にざらついた他人の舌の感触が入ってくると体は強張り、爪先に力が入った。
「っ、うあ、待っー、んんっ」
エメトセルクの片腕はしっかりと彼を抱えてまま、片方の手は後頭部をしっかりと支えて逃げられないよう掴んでいる。くしゃりと栗毛色の髪を撫でもしてその手が熱くなった耳に触れると力が抜けそうになった。
舌と舌がくねくねと擦れ合っていると唾液が口端から零れていく。息をしようと一瞬大きく口を開けてもすぐに唇を重ねられて呼吸もままならない。
いつの間にか縋るようにエメトセルクの背に手を回していた。
そしてふいに背後にあるトイレの扉を見る。
そうだった、ここは公衆の場である。
このままここで盛られたら誰か入ってくるかもしれない。
「エメ、トセルクっ、ちょっと待っ、ここトイレだってっ」
無理矢理に顔を引きはがすと紅潮した顔でなんとか言葉にする。エメトセルクはちらり、と扉を見たがすぐに視線を前の青年へと戻してほくそ笑んだ。
「誰も来ないさ、ここは今私とお前だけだ」
それがどういう意味かわかるだろ?とも付け加えられると察した。この男は幾星霜も生きている魔法使いなのだ。
この空間はどうしたのかわからないが本当に今は二人だけなのだろう。
「それとも誰かに見られたかったのか?」
からかうように言われると彼は青い瞳を狼狽させて、違うと叫んだ。
「けど待った待った、二人だけだからいいとか、そういう問題じゃないだろっ」
だからと言ってトイレで盛られても困るというもの。
しかしそれに聞く耳をもたないのもまたエメトセルクという男。
「これはお仕置きだ」
エメトセルクは笑いながらそう告げて彼の両頬を手のひらで包むとまた唇に食らいついた。
熱く柔らかい唇に噛み付いて舌を這わせて口腔を蹂躙していく。歯茎に当たる舌先はまるで生き物かのようだ。
「ん、う……ん、ふっ」
腰が洗面所に当たりそれ以上は下がることはできなかった。
自分の息が酒臭い気がする、と思ったけれどどうやら犯してくるエメトセルクの口の中もほんのりと匂う酒があった。
どちらも酔いを含んだ熱を孕んでいて思考が崩れていく。
なんでお仕置きなんてされなきゃいけないのかわからない、と思ってもそんなことはどうでもよくなってくる。彼が触れるところから熟れていく欲はどんどんと熱く湿っていく。
(ああ、これが一番気持ちいい)
他人に意図ある触れ方をされても感覚は、ただ触れた、という感情しかなかったがエメトセルクが触れると、熱を含んだ感触、に変貌するのだ。
その理由はわからないけれど、気持ちがよかったから受け入れた。
(あんたもそうなんだろうか?)
だから触れるだろうか、と引き寄せられた何かによって好きとも愛してるとも言われる間でもないのに触れ合うことを享受している。
それはエメトセルクにはわかっていても口にすることはなかった。自分がどうかしている、と思ってもやめられない。この男に触れて独占してもいいのは私だけだと強要する。
(他人に触れさせてたまるか、体も魂もー)
今日はやけに強い欲を感じるのはきっと悪酔いしているせいだろう。
なりそこないの魂は真なる魂ではないことはわかっていてもそこかで期待はしている。
この旅路が終わる時にそれが形となるかならないのか。
この刹那の熱情はこの瞬間にしか生まれなかった。
「あ、やめ、っ」
股の間にエメトセルクの太腿が差し込まれ熱くなった場所を構わず擦ってくると喉から呻く声がした。形を成してきたそこはただ無造作にされるだけでもひどく疼いてたまらなくなっているようで、エメトセルクは喉奥で笑う。
「すっかりその気のようだな」
舌を出して耳たぶをなぞると彼はさらに悲鳴を上げる。しかしその気になっているのは彼だけではなくエメトセルク自身も同じだった。雄と雄が擦れ合うとその求めあう強さに酔いそうだった。
「誰のせいだとっ」
そうは言ったもののエメトセルクの言葉に異論はない。確かに自分の中心からは求める熱がふつふつとしていて早く触ってくれと願っている。それを見透かされているのかエメトセルクはズボンの上からも手のひらで膨れたそれを軽く摩ると慣れた手つきでズボンのボタンとチャックを外して下着と一緒に下ろした。
反り勃つ竿はすでに透明な液を零しており、脈打っている。
エメトセルクは自分の口で手袋を食んで脱ぎ捨てるとすぎにそれへと手を当てて握り、ゆっくりと上下に動き出す。
「あ、っ……うう、」
抵抗することなく身を任せたまま、彼は目を瞑り腕に縋りつく。
荒い吐息がひんやりとした乾いた空間に反響して聞こえる。
未完成の熱はどんどんと膨れ上がり、エメトセルクの指が先端を押さえて抉ると肩を震わせて喘ぐ。
零れ竿を濡らしていくのを潤滑にして扱くと嬌声と一緒になる小さくいやらしい湿った音がする。
「うう、あっ、はあ」
エメトセルクの肩口に顔を埋めて声を漏らしていたが顔を上げさせられるとまた唇が重なった。それはとても乱暴で歯と歯がぶつかって舌と舌は何度も絡み合って口腔を隈なく犯した。
キスされながら扱かれるとたまらく気持ちが良くて腰が自然と揺れてしまう。熱の根元にある二つの袋をマッサージするようにして揉まれるとさらに昂ってきて声を我慢できなかった。
「やだっ、あ」
濡れた青い瞳と見下ろすくすんだ黄色の瞳、朱に染まった羞恥の頬に触れたのは冷たい手のひら。
次々に溢れてくる卑猥な汁に手を汚しながらエメトセルクは、
「まだイクなよ、英雄殿」
と告げて彼の体を反転させた。洗面台に両手をつかせて臀部を突き出させるとそこにある窄みの周りを指で撫でる。
「あ、あぁ、エメトセルクー、」
そのじれったくてくすぐったい指の触れ方に嘆息する。きゅっと伸縮する穴は小さくて狭ければまだ乾いている。エメトセルクは触れていた指を彼の口元へともっていく、舐めろ、と言った。
彼は逆らうことなくその二本の指を口を開けて招き入れる。
「しっかり濡らせ」
エメセルクはせせら笑い、命令すると口に含ませた指で舌を挟んで唾液で湿らせた。じんじんと痛いほどに反り返っている雄からは透明な糸が引いて床へと垂れていく。もっと欲しくてもこの指を濡らさないと欲しい刺激はもらえない。唾液を零しながらそのしなやかな指を食み、唾液を絡ませるとすっと指が口から離れる。
あっと思う前にその指はまた窄みへと戻り、ぐっと中へと入ってきた。狭いその穴を一本の指が抉り、いつものように円を描くようにほぐしていく。
「だいぶここも緩くなったじゃないか」
背中越しに聞こえる煽る声があったが、それにまた誰のせいだと思っていると反論したかったが余裕はなかった。
さらに指は雄から垂れている液体も掬ってくると指を増やしてまた侵入してくる。エメトセルクの指が固くなった前立腺を擦っていくと背筋に電気が走るような鋭い痛みと快感に襲われた。
「はあ、あ……あぁ」
濡れない場所からは聞こえる音と内から加わるむず痒い刺激に思考はもうまともではいられない。
「だめ、あ」
言葉では嫌だと言いながらも気持ちがいいのだと知っているエメトセルクは止めはせずにさらに強く摩る。だがさすがにそれだけでは達することは出来なくて彼は懇願するように呻く。
「エメ、ッもう、イきたいー、っ」
早くまた触って欲しくてたまらない。
エメトセルクは指を引き抜くと彼の体を今度はこちらに向かせ跪かせると、重く黒いコートを脱ぐとズボンを脱いで自身の滾った熱を取り出した。
「射れて欲しいなら自分で準備をしてみせるんだな」
目の前に現れた反る熱量にうっとりとした爛れた瞳を細め、唾を飲み込むと手を添えて口を開けて咥えた。
ゆっくりと口腔へと食んで独特の匂いに苦い味がして戸惑うが歯を立てないようにする。
舌をペニスの裏筋に沿って舐めて先端を吸うと、エメトセルクが小さく呻く。気持ちいいのだろう。くしゃりと、彼の髪を撫でて、「いいぞ」と囁いた。自分と同じでそれが嬉しくて口を窄めて吸い、夢中になってしゃぶりつく。
だらだらと気持ち良さを表す液体が染みでてきて顔を動かすたびにちゅくちゅくと擦れ濡れた音が卑猥だ。エメトセルク自身も腰を揺らして、彼の後頭部をぐっと掴むと喉元まで押し入れると苦しそうな息を吐き出す。このまま口の中でも良かったが、それよりもっと征服したい場所があるためそこまでにして引き抜いた。
苦しさがなくなった喉が解放されても、すぐにまた体を起こされると洗面台に手を付かせて背後に覆いかぶさる。
「見てみろ、今のお前の顔」
そう言ってエメトセルクはだらしがなく口を開いている彼自身の顔を鏡に映してみさせて尻の窄みに濡れたペニスに先を押し付けた。
彼は自分自身と目が合い、その痴れた色を見てすぐに視線を逸らしてしまう。目じりが真っ赤になって欲情に溺れた瞳はみっともない。これがあの英雄と名を馳せる者の表情ではないだろうと一瞬何をしているんだと正気に戻った気がした。しかしそれは本当に一瞬で、エメトセルクは彼の腰をしっかりと掴んでゆっくりと腰を打ちつけた。脈打つ鼓動は早くなり血液を巡らせる。
「あ、ああっ、ひっう」
ぐぐっとその溢れんばかりの熱の多さに背中が撓った。
いきなり奥まで突いてもそれは痛みだけで快楽は伴わない。だからゆっくりと最初は優しく肉壁を裂いていく。
エメトセルクは眉間にしわを寄せて、息を吐いた。
「いい加減慣れたらどうなんだ、もっと力を抜け」
強張っている背中を指先でつつっと撫でながら脇腹を触ると彼の体から少し力が抜ける。
慣れろと言われも最初のこの腹を押し上げられる感覚には畏怖を覚えた。それが徐々に熔けていくのがまた一つの快楽でもあった。
「う、うぁ、あ、あっ……んん」
男の喘ぎなど聞いたところで心地よいものなのかわからなかったが、エメトセルクにはとてもいい音色だった。
浅い箇所での挿入を繰り返しているとだんだんと熟れてきたのか、もっとと体が求めてくるのを待ち、ぎりぎりまで抜くと寂しそうに啼くのがまた良い。
「気持ちいいか?」
折り重なるように体を近づけて耳の裏で囁いて小刻みに腰を動かす。
贅肉がついていない鍛えられた背中の筋肉はとても艶やかでしなやかだ。この肉体が組み敷かれてよがる姿を誰が想像できよう。自然と沸き起こるのは悦楽だ。
もしもこの姿をあの酒場の男が知ることになっていたかもしれないと思うと腹が立ってくる。
この男は自分のものであり、微塵も触らせたくない。
今後こんなことがないよう仕置きが必要だ。
エメトセルクはそんなことを思いながら突き出された尻を叩くと、驚いた彼は声を啼かせると同時にきゅっと窄みが伸縮する。
「なんだ、痛いのが気持ちいいのか?」
もう一度尻を叩くと彼は全身を震わせながら違う、と必死に声を絞った。
「そんなこと、あるわけっ」
ない、と最後まで言う前に執拗にエメトセルクが内部を擦ってくる。
彼はなんとか腕を突っ張りその態勢を保とうとするがエメトセルクに甘く痒い律動を繰り返されると、爆発しそうになる感情を頷きながら抑えようと呼吸を荒くする。
「うっ、ああ」
ずるっと音を出して引き抜かれた熱が強く押し戻ってくると歯を食いしばり、襲いかかってくる快楽の泡に飲まれないように手を握りしめた。
中途半端になったままの彼のペニスは腫れ上がり、触って欲しそうにまだ透明な雫を零し続けている。
だんだんと突かれるリズムが早くなってくると、彼は我慢が出来なくてそこへと手を伸ばしたくなった。
「こら、下を向くな」
エメトセルクは顎を掴んでまた痴情に崩れた顔を上げさせて鏡に向き合わせた。
「や、やめっ」
「嫌じゃないだろ?こんなにいい顔をしてるんだ、自分でも見ていた方がいいぞ」
冗談じゃない、と彼自身は思ったがそれどころではない体の疼きにされるがまま自分の乱れた姿と表情を眺めるしかなかった。
本当に淫らで半開きの唇からは言葉ではない声がしきりに零れていてこれが自分の顔だとは信じたくなかった。
「あ、ああ、もう、無理、だ」
リズムよく背後から突かれることに目の前が霞んでくる。前立腺が何度も擦られてその先にある膀胱をも刺激されているともう体を支えていられないほど全身が火照っている。
オーガニズムを迎えれそうにはなるがあと一歩のところで止まってしまう。背中からは男の荒い吐息と自分も獣みたいに苦しく切羽詰まった息が漏れ続ける。
「もう、エメトセルクッ、お願いだから」
触ってくれ、と鏡越しに懇願した。
険しい表情をしながら犯すことに乱れている男の艶やかな姿をぼんやりとした瞳の中に映すと体の熱がひどく膨れ上がった。エメトセルクも鏡越しにはち切れそうなほど膨れた熱を解放して欲しくて欲しくてたまらないその恥辱に塗れた瞳と欲に忠実になっている己の瞳がかちあう。
ぞくぞくと加虐心が芽生えてしまいそうなほど魅力的で閉じ込めておきたくなるほどの魔性を覗かせているように見えて歪んだ感情が支配した。
(ああ、本当にこの男という奴はー)
憎いほどに愛おしくなる、と心の中で言葉を嚙み砕いた。
エメトセルクは彼の欲望へと手を伸ばし、腰を打ち付けながら軽く扱いてやると背中を震わせながら簡単に達してしまった。白濁を飛沫させて啼く声に共鳴して、エメトセルクは彼の肩を掴んで最後に激しく肌がぶつかる音と内部から爛れる湿った音を響かせながら、彼の中へと精を流し込んだ。
「ああっ」
その温かな流動的な熱が注ぎ込まれた感触に、彼は鏡の中のエメトセルクを見ていた。それはとても恍惚な姿で額に汗を浮かべ、整っているいつもの前髪も張り付いている。人をからかうばかりと見下している双眸は濡れており冷めた色ではなく、熱の溜まった薄い黄色だ。
自分だけが彼をそうさせている、という愉悦と錯覚を交えながら意識が薄れていく中でそう思いなぜか安堵してしまった。

 

 

 

目覚めて早々、最悪だと叫びたくなった。
いつの間にか気絶してしまったようで最後の記憶はあのトレイだ。しかしここは自室のベッドの中で隣にはにやにやと笑っている男がいる。
その男がここまで運んできてくれたのだろう。そのまま放置されなかったことが優しさなのかもしれないが感謝の言葉なんてかけてやるものかと、とふつふつとした怒りの中で思う。
「お目覚めのようだな」
エメトセルクは軽い声でそう言う。
「ほっんとにあんたって男は最悪だよ、トイレであんなことしておいて」
思い出しただけでもため息しかできなくて額に手を当てる。なんだか頭が痛いのは悪酔いしたせいなのかこの男のせいなのか。どっちもか、とまた重い息を吐いた。
「ほう、そういうわりにはずいぶんと気持ちよさそうにみえたが?」
しかしエメトセルクはそんなこと言われようが動じることもなく言葉を返えされると、怒った彼の方が羞恥に歯を食いしばり視線を外した。
「うるさいっ」
誰のせいだ、と続けようと思ったが、まぁ本音としては気持ち良かったのは本当のため苦虫を嚙み潰した。
場所はともかく行為自体を拒否つもりはない。ただ場所が問題なだけだ。
けれどそこでお互いが重なった気持ちは自分だけではないはずだ、と彼は逸らした視線の先で考えた。
「……あんただって、そうだろ」
ふと呟かれた言葉にエメトセルクの喉が動いて思わず言葉に詰まってしまった。
何がそうだろ、と言われたのか一瞬理解できなかったがあの時の繋がる感情と体のことを思い出すと心臓が高鳴ることを隠したくなる。
(私がお前と一緒だと?そんなわけー)
あるわけない、とは否定できなかった。
しかしなぜ自分がこの人間を手に入れたい、欲を与えて求めているのかを考えるとわからなくなった。
それが衝動なのかそれとも愛故、なのか。
エメトセルクは目を伏せると口元を緩めた。
「それはお前が一番知っているだろ」
それは本人たちですらもわからない名前のない感情だった。

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