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best friend

そのニュースは瞬く間に広がっていった。
 これは一大事だ!とアーモロートに帰ってきてすぐに目的の人を探しに議事堂を飛び出す黒いローブを着た青年がいた。
 聳え立つ塔は先端が歪曲し、頑丈で美しく作られた石の建造物たちの間を息を切らして走る。
「おや、今お帰りかい?」と、同じローブと仮面を付けた人が彼に声を掛ける。彼は走り出したことでフードが取れてこげ茶色の髪がふわふわと浮くのを撫でつけながら笑った。
「やぁ!今日帰ってきたばかりなんだ!」
 そう挨拶を交わしてまた脱兎の如く、走り出す。
 探し人はたぶんいつもの広場だろう。緑は茂り、中央には噴水がある誰もが憩いの場とする公園だ。
 自分は長いこと旅に出てしまう。
 そのためこの叡智の都市アーモロートで何かが変わることを一歩遅く知る。
 相談してくれないなんでずるい!とさえ思ってしまうが、如何せん自分がこの街に居なさすぎなのだろう。
 とりあえず彼を探して確かめねば!という一心だった。
 駆け出した足がようやく目的地を踏むと、辺りを見回して知っている姿を探す。すると遠くの木陰から、「こっちだよ」と手を振る人が見えて青年は仮面の中で満面の笑みを浮かべて駆ける。
 芝生を蹴る足は旅の疲労を感じることなく、子供のように軽やかだ。
「おかえり、アゼム」
「ただいま、ヒュトロダエウス!」
 木陰に座り込んでいた一人のラベンダー色の長髪の男がアゼムと呼ばれた彼を見上げて優しく微笑んだ。
 久しぶりに会う友人は相変わらず何も変わっていない様子だった。
 ヒュトロダエウスは唇に人差し指を立てて、しぃ、と言う。
「彼ならそこで寝ているよ」
 そう言って何も言っていないのに彼にはどうやらすべてが筒抜けのよう。
 ヒュトロダエウスに言われて彼の横を覗けば探していた人がごろんと寝転がっている。真っ赤な仮面をかぶったままで、その仮面をかぶっているということは本当のことだったんだ、と胸から溢れる想いを今すぐ伝えたくなってしまった。
 ヒュトロダエウスが付けている仮面は白い。そして市民みんなが付けているのも同じものだ。その色が違うというのは特別な証拠。
 自分と同じ、星を護る座に就いたということだ。
「フフ、キミならすぐにやってくると思ったよ」
「こんな大事なこと、どうして俺がいない時にするんだよ。ひどいなぁ」
 アゼムは寝ている白髪の男を静かに見下ろしながらため息を吐く。
「ごめんね、けどキミはいつ帰ってくるかわからないしね。それに知らせなくてもあいつの耳に入ったらうるさくなるからしばらく黙ってる方がいい、と言ったのはハーデスだからね、ワタシは知らせた方がいい、て言ったんだけどな」
 柔らかい風が頬を撫で、片方に編まれた三つ編みの髪を揺らした。
 アゼムはもう、と呆れた声で言うとハーデスと呼ばれた男の横に胡坐を掻いて座る。
「ハーデスがエメトセルクの座に就いたと知ったら飛んで帰ってきたよ」
 仕事も大事だけど友の名誉ある人生の賛辞を贈る方がもっと大事だ、と彼はヒュトロダエウスに告げる。
 フフッ、と柔らかく笑い、そうだねと返す。
「こんなに素晴らしいことはやはり一番に知らせるべきだったんだよ、ねえ、ハーデス?」
 彼はわざとらしく寝ている人へと声を掛ける。
 注ぐ太陽の光がゆらゆらと木漏れ日になって身体を温めるている。それは目を閉じて寝ているはずの人も同じだった。
 はっきりと呼ばれてしまった以上、寝たふりはもう通用しないらしい。
「……お前らは本当に騒がしいな」
 大きなため息が零れ、ハーデスは目を覚ました。
 いやもう目覚めていた、というのが正しいだろう。知っているエーテルが走ってくるを感じた時点で気付いていた。
 けれどこのまま寝たふりをしていた方がめんどくさくなくていい、と思ったからそうしていたのが同じ視える力を持つヒュトロダエウスには嘘眠りなど簡単に見破るのも当然だ。
 しかし彼がそう言わなければアゼムを寝たふりのままやり過ごせたかもしれないというのに彼はいつだって一言余計な友なのだ。
「ハーデス!」
 アゼムは彼が起きていると知るとそのままとても嬉しそうに起き上がろうとした彼の身体に抱き付いて押し倒してしまった。
 ぶわり、と周りの草が舞う。
「おいっ!」
 勢いよく抱き付かれことに対して悪態を吐くがアゼムは聞いてはいない。
「ハーデス!おめでとう!いや、もうエメトセルクと呼んだ方がいいのかな?おめでとうエメトセルク!」
 大きな声で名誉ある十四人委員会の一員になったことを称えるアゼムにハーデス、いいやエメトセルクは気恥ずかしそうにして抱き付くな、やめろ、離せ、と訴えるがその腕は強く離さない。
 ああ、もうこうなるから嫌だったんだと無垢に笑うアゼムを見上げながら呆れる。
 そんな二人を見てヒュトロダエウスは笑う。
「キミが一番にアゼムに知らせないからだよ、きっと彼しばらくキミを離さないよ」
 その通りなようで彼は精いっぱいの馬鹿力でハーデスに抱き付いたまま、「そうだよ!」と大きな声で太陽に向かって笑った。
「冗談じゃない、離せアゼム!」
 誰かに見られたらどうするんだ、とハーデスは怒り半分に言うがその顔は満更でもないようで嬉しそうにも見えた。
 漂う風は優しく、新しいエメトセルクの誕生を祝すように凪ぐ。

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