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All Souls’ Day

街が騒がしい、と木蔭の根元で足を投げ出してさぁ昼寝をしようとした心地よい風に交じって妨げる喧騒が聞こえると、彼は重たく瞼をこじ開けた。
 クリスタリウムのマーケット前ではたくさんに人々が何やら色とりどりとしたものを運び、飾りつけている。大きな階段を上がった芝生の上からはその様子がよく見える。
 彼らはカラフルな旗を持ち、さらに橙色の大きなカボチャから小さなカボチャなどマーケットのいたるところに設置していた。その中にはガイコツを模したものや、魔女やお化けと呼ばれるマスコットまでもある。
 ああ、と何をしているのかわかってしまう。
 彼らはこの時期に行われる守護天節、とやらの準備をしているのだ。
 しかしこちらの第一世界でも原初世界と同じことをするのか?と、首を傾げてみたがすぐに犯人を解き当てる。
「やあ、エメトセルク、また昼寝か?」
 のうのうとして呑気な声が頭上から降ってくると、エメトセルクは面倒くさそうに顔を上げた。
「お前か、こいつらに余計なことを吹き込んだのは」
 はあ、と重たく息を吐いて窪んだ目元は何もしていないのに疲れた様子だ。エメトセルクを見つけた人物は何のことだろう?と思ったが、すぐにエメトセルクが見ているものを見て、理解する。
「ああ、守護天節のことか」
 彼はニッ、と笑って人々が集まって楽しそうに飾りつけをしているのを眺めた。カボチャを積み上げて一つのオブジェにして、その隣には白いシーツを被ってひらひらとしている人形を置いた。
「こっち世界ではなかったみたいだから話してみたらさ、みんながやってみたいって言ったんだ」
 光に覆われていた世界では何一つ、大きな楽しいことなんてなかった。生活することでいっぱいいっぱいでいつ罪喰いに襲われるかわからない。空に闇が戻ってからは、少しずつ人々の顔から安堵が生まれていた。そんな中で、そう言えばこの時期と言えば酒場で話をしたことがきっかけだった。
 子供たちは人ではないものに仮装をして、お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ、と大人たちからお菓子を強請り、大人は普段の姿ではない街並みに新鮮さと活気に気持ちを沸かせていた。
「楽しいことがあった方がみんな嬉しいだろ?」
 もちろん、彼だけでなく闇の戦士である一行も手伝ってくれている。
 エメトセルクはまたこうして予定が押していく、ということに盛大にため息を吐くことになった。
「お前な、お人よしにもほどがあるぞ」
 一体いつになったら大罪喰い全てを喰い終わるのだ、と内心で零す。
 そんなアシエンの思惑などつゆ知らずの青年はマーケットにいる人々に手を振り返し、笑っていた。その横顔は眩しいほどに人を疑う、ということを知らなさそうなまっすぐな目だ。
 その視線の先は決して自分ではないことに、舌打ちをしたくなるというものだ。
「お前たちは守護天節などと言ってお祭り騒ぎをしているが、意味を理解しているのか?」
 エメトセルクはふん、と鼻を鳴らして腕を組む。
「お菓子を配って仮装して、美味しいものを食べるんだろ?」
「どれだけ呑気なんだまったく」
 ただの秋の祭りだ、と思っていることにエメトセルクは呆れた声を出す。ちらり、と濁った金色の瞳が青年を睨んですぐに視線をマーケットへと向けた。
「まぁ地域や国によってはさまざまだろうが、死者の日、とも呼ばれているぞ」
「死者?」
 オウム返しに聞いて、エメトセルクは頷いた。
「死者を迎えるために祭壇を作って、墓を飾りつけるんだ。オレンジ色の花や旗、切り絵。ガイコツでできた置物も置くぞ。そうすると亡くなった魂がこの世に帰ってくるんだ、その時期だけな」
 死んだ者たちがこの期間だけこの世に戻ってくるとされている。その故人たちが、自分の家を見失わないように家族は写真や思い出のものを祭壇に置く。
 墓地とは思えないほど派手な装飾をして夜間でも煌々と輝かせ、時には人々が歌ったり演奏したり騒いでいる。
 すると彼らは還ってくるのだ、この世に。
 エメトセルクは目を細め、漂うエーテルの濁りを見た。きっとそれは彷徨う魂の一つだろう。
「死者を偲び、感謝をする日だ。生きる喜びを分かち合い、そしてまた死者は冥界へ還っていく」
 彼はへえ、と思わず感嘆する声を鳴らした。
「まさかあんたの口から生きる喜び、なんて言葉を聞くとは思わなかったな」
 敵同士でありながらも今は一緒に行動し、時には戦いに手を貸すことだってしているが、アシエンとは分かり合えない存在だった。こうして隣にいても、明日には敵になるかもしれなければ、人が生きる世界を壊そうとしているのだ。
 そんなエメトセルクから生きる喜びを分かち合う、と言われも意識が擦り合うことはない違和感でしかなかった。
 エメトセルクは喉の奥で笑い、そうだな、と小さく零した。
「私だって生きているんだぞ?当然のことだ」
 真なる人がもう一度、息を吹き返しまたあの頃のような世界に戻れるのなら今を生きるなりそこないの命などくれてやろう、と決して挫けぬ願いを抱いている。
「あんたは、会いたい人とかいるのか?」
 ふと、空を見るエメトセルクの目線を追いながら彼はつい聞いてしまった。死者の日、なんて話を聞いてしまったらもしかしてそんな人がいるのだろうか?と勘ぐってしまう。
 アシエンは世界を統合し、本当にあったであろう世界へと導こうとしている。ならばこの男にもなくしてしまった大事な人がいたのだろうか。
 エメトセルクは一瞬、息を止めてしまったがすぐに嗤って、
「私にそれを聞くのかお前は」
 と、嘲る。
「魂はまた輪廻する、またどこかで出会い、別れ、死ぬ。ただそれだけのことだ」
 彼の中に眠るその色を見つめ、エメトセルクは肩を竦めて口端を緩めた。答えになっていない答えだったが、青年はそれ以上問わなかった。
 この色は日に日に濃い色を帯びて自分を焦がしていくのが憎たらしい。早くこのなりそこないの皮を剥いで、光を帯びた本当の化け物になるのか、それとも共に歩むべき存在になりえるのかを確かめねばならない。
「まぁお前たちはお前たちの守護天節とやらを楽しめばいいさ」
 所説あることなど気にするな、とエメトセルクは付け加えこの話は終わりだとまた瞼をゆっくりと下ろしていく。だがそんなエメトセルクを咎めるように、青年は言葉を続けた。
「なぁ、あんたも手伝わない?」
 にやりと笑った顔が妙に腹が立ち、エメトセルクは断固として断り目を瞑る。
「馬鹿を言え。私は寝る」
「いいじゃないか、人手が足りないんだ」
 それでも彼は無理矢理にエメトセルクの腕を掴む。
「厭だ、絶対に厭だ、おい引っ張るな」
 このままではこの馬鹿力に連れて行かれる、と悟ったエメトセルクはその瞬間、パチンと指を鳴らして消えてしまった。

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