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隙間を埋めるは数多の願い

困っている人がいるとつい声をかけてしまいたくなる癖がこの青年にはあった。
 それは小さなことから大きなことと様々だ。時折子供の使いか、という内容まであることを本人は気にしていないのかなんでもホイホイと引き受けてしまうのだ。
 なんとも呆れる、と嘆息せざる得ない。
 どこどこの草を取ってきてほしい、これを届けて欲しい、これをちょっとそこまで運んで欲しい。
 そんな頼み事などこの男がやる必要があるのだろうか、と恭しく遠くから見ながらまた嘆息する。
 英雄と言わる存在だというのにその威風などどこ吹く風なのか。
 あっちに行ってはまたこっちに行き、移動したと思ったらまた声を掛けられ立ち話をするとまた別のところへ赴く。
 何をしているのかと見学をしに行けば雑魚みたいなモンスターを退治にしに行っている。
 そんなものお前じゃなくてもいいだろう、と心中で思いながら見つめる男は唇をだらしなく開けて声に出るため息を漏らした。
 それを報告しに戻るとまた別の人に声を掛けられているのを見ては本当にもの好きだな男だと光に覆われた眩い空を見上げた。
 青年は厭な顔色一つせずにむしろ笑って、いいよ、と頷く。
 腕を組み壁に凭れかかりながら影でそのやり取りをいくつも見てる。
 あれは全て善意でやっているのだろう。困っている人がいれば声を掛けずにいられないし、不思議なことがあればくすぐられる探求心を押さえれなくて飛び出していく。
 あの魂は何万年経とうが本当に何一つくずぶっていないということがまた忌々しいと思わずにはいられなかった。
 首を突っ込むなということには率先して突っ込んでいったし自分から厄介事を持ち帰ってきては周りを巻き込んで大惨事にもなったが本人は実に愉快で楽しそうで、その笑顔につられて笑いもすれば真剣に怒りもした。そんな懐かしい記憶は未だ褪せることなく幾星霜もこの胸をいつまでも締め付けている。
 忘れることのないその椅子にはもう誰も座っていない。
 それでも、忘れることは出来なくてずっと大事に橙色に輝く思い出を抱き続けてきていた。
 いつか何万年経とうが悲願である同胞たちを解放し、善かった世界を取り戻すことができればその思い出を彼に返せばいい。
 それができるまで自分はこの記憶と共に世界を一つに戻すという宿命を受け入れ永劫の時間を生きてきているのだ。
 視える魂は幾度か出会ってきたものよりより濃く輝き示して誇張している。
 自分が誰であるかを視せるようにー。
 けれどそれはその魂がそうであるから惹かれるのだろうかと、どうにも解せなかった。
 しょせんそれはなりそこないの生き物だ。
 自分の意思で蠢いて笑っては泣いて怒って叫んでいる。
 人ではないというのに気持ち悪い、と思いもすれば興味など沸かなかった。
 そうだというのに目が離せなくなっていることは認めたくない事実だ。
 彼の何が自分をそうさせるのか、観察していてもまったく不透明なままだ。
 あれはアレであって決してアレではない。
 顎を摩りながら左へ首を傾げると白い髪の房が揺れた。
 考えても考えても理解できない想いの流れに自身すらも困惑してはそれをあれの魂のせいだと理由を押し付ける。
 とめどない思考の渦巻きをしているとうっかり青年の姿を見失ってしまっていたことに気が付いて落としていた金色の視線を上げた。
「あんたこんなところで何してるんだ?」
 そう思った瞬間のことだ。
 後ろから聞こえてきた声は見失ったと思った青年の色だった。珍しいところにいるな、と焦げ茶色の短髪の青年は警戒しておらず浅く笑った。
 ここはユールモアの上級階の廊下だ。見晴らしのいい風が吹き込んでくる廊下は柵の下を見えれば地上がが小さく見えるほどの高所だ。
 そんな場所に佇んでいるなんて珍しい、と青年は言う。確かにそれはそうだろう。いつもなら姿を見せることなく見ているからだ。
 ふん、と鼻息と一緒に息を吐いてエメトセルクは肩を竦めた。
「私がここで何をしていようが勝手だろう、お前がまた勝手にどうでもいい依頼をホイホイ受けて回っていることなんぞ見てないぞ」
 白々しく、わざとらしくそう色の悪い唇を動かして言い放つ。
 それを聞いてた彼は、「フーン」と目を細めて腕を組む。
「つまり俺のストーカーをしていました、てことか」
「誰がストーカーだ、だ・れ・が」
 エメトセルクは人差し指を彼に向けて語尾を強くして言い返した。
 実際のところそう思われても仕方ない行為だろう。どこに行くにしろその後ろを眺め見物している。
「協力しよう、と言っただろう。お前たちが下手をしないよう私はいつもでも助けてやれるように見ているだけだ。それで、今度は何の手伝いをしてくるんだお前は」
 おかしなことに罪喰い討伐に協力しこの世界を救うのを手伝おう、と言い出してきたのはこのアシエン・エメトセルクである。
 実際にそれが嘘ではないことを証明し、英雄一行を助け知識をも与えている。
 なんとも不思議で奇妙な関係だ。
 ヤ・シュトラたちはよくエメトセルクとは二人きりになるな気を付けろ、と言われているがこの男は神出鬼没のため気を付けようがないと諦めている。
 エメトセルクは彼が手に持っている封筒をちらりと見て、次にお前はどこに寄り道をするんだと聞いた。
 さっさと罪喰いを倒して光を飽和まで導きたいというのにこの男の行動は自分を狂わせることばかりしてくるのだ。
「ああ、これ?これはそのー、あれだよ」
 彼は持っていた小さな茶色の封筒に視線を向けるとなんだか言いづらそうに赤い天井を見て笑った。
「ラブレター」
「は?」
 唐突すぎた言葉に思わず上ずった声が出てしまった。
 今なんと言った?ともう一度聞くと彼は言いずらそうにまたラブレターだよ!と早口で告げる。
「お前、人の恋文を届けるのか?そんなものなんでお前が届けるんだ」
 馬鹿なのか?とも付け加えると彼は少し頬を赤らめて、「う、うるさいっ」と焦った声を出す。
「あんたの言いたいことはよーくわかる!けどこれも俺が好きで引き受けたことなんだからあんたに文句言われる筋合いはないだろ」
 確かにこの男が大筋の罪喰い退治という目的から逸れなければどこで何をしていようが勝手ではあるがそれはあまりにも稚拙で英雄がやらなくてもよいことに思えてエメトセルクはくくっと喉から漏れる笑いを堪えれなかった。
 笑われたことに少しムッと唇を結んで闇の戦士たる英雄は言葉を続ける。
「それにただの手紙じゃないし!これは本人から預かったものじゃないんだ。そのご両親から届けてくれって言われたんだよ、もう娘は死んでしまったからって」
 よく見えればその手紙はどこかしわくちゃでさっき書いたもの、というものではなさそうだった。
 これはユールモアに住んでいた女性が恋人に宛てて書いたものらしい。しかしその女性は半年前に病気で亡くなってしまい、その一通の恋文が今になって出てきたのだ。家族はそんな男性がいることなど知らず、どうやら手紙だけのやり取りが多かったようだ。娘はユールモアに住む上流階級で男の方がレイクランドに住んでいるようでその階級差、住む土地の違い故に会うことは簡単にできなかったのだろう。
 突然途絶えれしまった手紙に男は怒っているかもしれないし振られてしまったと絶望しているかもしれない。両親は出来ればこの手紙を知らなった娘の恋人に届けて欲しい、と彼にお願いをしたのだ。
 今更娘が姿も知らない男と恋仲だったことに対して憤っていても仕方ない、ならばこの手紙を届けてやることが娘の最後の願いだろうと母親は涙声で言っていた。
「そんな話をされたら断れないだろ」
 そう言って彼は手にした手紙を見つめた。
 エメトセルクはそうだなとは思わず盛大なため息を吐いて肩を竦める。
「お前は本当に馬鹿が付くお人よしだな」
 困っている人がいればつい手を伸ばしてしまうのは元々の魂からの沁みついた悪い癖だと心の中ではさらに呆れた。
「褒めてくれてるんだな俺のこと」
「褒めてない」
 嫌味を嫌味として捉えないのもまた憎たらしいほどそっくりなことがまたいっそうに苛立たせるがそれに付き合っていればきりがない。
 まったく、と唸れば彼は眉を下げて苦笑すると何か思いついたのか、ぱっと顔色を明るくした。
「なぁ、あんたも来る?」

 

 

 あんたも付いてくる?と聞かれ、厭だと断ればよかったのになぜかそうせずに彼の恋文を届ける依頼に付き合うことにしてしまったことを多少は後悔している。
 どっちしろ影から見てるんだろ?ストーカーさん、と煽られたせいだろうか。ならば堂々とくだらない依頼をこなすのを見届けてやるか、という寛大な気持ちをもって付き合いことにしてやった、ということにしておこう。
 しかしこの手紙の男の名前はわかってもどこに住んでいるのかわからない。まずは聞き込みをして知らないか?と地道に聞いていくしかない。
 エメトセルクはレイクランドに到着した早々に周りにいる人たちにこの名前の人を知らないか、と聞く青年の背中をただ眺めていた。
 本当にくだらない。
 そう何度目の嘆息を零しながら暮れていく空を見上げた。
 この空に訪れる夜はこの男が第一世界にきてから幾度目だろうか。夕暮れで赤く染まっていく山々と森。
 さっさとこの世界に闇を取り戻してくれればそれでよいというのにこの男は小さな人助けをし続けている。
 こんなものただの偽善で自尊心が満たされるだけだ。
 それもなりそこないの世界でなりそこないの魂たちの。
 そんなものに意味などないと、エメトセルクは思っている。
 もう遠回りをすることなくこの世界でどちらが正しいのかをはっきりとさせ、生きるか死ぬかの裁定を下し悲願である想いを成し遂げるために用意された舞台で華々しく幕をカーテンコールをすることなく閉じる。
 この男もまたその舞台に立つ役者だというのに自分の意図にはない行動をする。
 それを見ていると人とは本来そういう生き物だったかもしれない、とふと考えてしまった。そんな時だ、名前を呼ばれたのは。
「エメトセルク」
 レイクランドのジョッジ砦までやってくるとようやく手紙に書かれた名前に思い当たる人を見つけることが出来きた!と、彼は駆け寄ってエメトセルクに無垢な笑みを向けて北を指さした。
 レイクランドの北部にはホルミンスターという村があった。
 そこは罪喰いの襲撃を受けて壊滅してしまったが闇が戻った最初の出来事の始まりの場所でもある。
 どうやらその男はホルミンスターに住んでいたようでその生き残った村人たちは近くの村で避難生活をしているらしい。
 ようやく手紙を渡せる、と彼は安心してた。
「私としてもさっさと渡して帰りたいものだ、腹も減れば足も疲れたぞ」
 こんなに歩かされるなんて聞いてない、と子供のわがままのようにぶつぶつと言っていたが青年は聞こえていないフリをすることにする。
 小さな村に到着した頃にはもう太陽が沈みかけていた。
 彼は小走りでそこにいた男性に声をかけて、名前を告げて探していることを伝える。
 エメトセルクはその背中を足取りを重くして追い掛けると、やっとかと背中をさらに丸めて肩を落とした。
 しかし話をしている二人の様子が今までは違い、聞かれた村の男は眉を顰めて首を振っている。
「見つかったんじゃないのか?」
 そう後ろから声掛けると、彼は項垂れながら振り返った。
「見つかった……んだけど、」
 持っていた手紙を握りしめて重い声と苦虫を潰したような顔で唇を結んだ。
「遅かったみたいだ」
 村に人に話を聞けば確かにその男はここに留まっていた。ホルミンスターの事件以来、彼は親も殺され友も罪喰いになってしまい絶望し、生気をなくしてしまったようになっていたという。襲撃の際、本人は軽症だったが体の傷は癒えても心の傷は癒えることはなかった。
 そんな時だった、この近くで罪喰いの群れが発見されたのは。
 クリスタルリウムからの傭兵が送られてくるのを待たずに、その彼はその知らせを聞くと突然叫びながら村を出て行ってしまったという。
 それから数日後に彼の遺体が発見された。
 奇しくも娘が病死し、それからすぐに彼もまた死んでしまったということになる。
 この手紙は誰をも喜ばせることなく、ただの紙になってしまった。
 男はこの村の墓地に埋葬されているという。知り合いならば花でも添えてやってくれ、と言われたが知り合いというわけでもないただの届け人だ。
 しかし彼はそんな簡単に割り切れるほど淡白ではないため、せっかくならと重い足でその墓地までいくことにした。
 そろそろ夜闇が訪れる。
 静かなで簡素な墓地の石碑には手紙に宛てられた名前があった。
 風が少し冷たく、頬を刺して影が足元から大きく広がっていき大地と一緒になっていく。
 後ろを静かについてきたエメトセルクは、ふんと鼻を鳴らした。
「結果がどうであれ届けれたじゃないか」
 生きていようが死んでいようが依頼は達成だ、といつもの飄々とした声で言う。
「そうだけど、やっぱりこういうことはつらいな」
「なぁお前は一々気にしすぎだ思わんか。こんな小さなことまで気にしてたらなりそこないなんぞいくら命があっても足りんぞ」
 さっき名前を知ったような奴のことを悲しむ余裕があるならもっと別のことに思考を割いた方がましだとエメトセルクは薄情に言った。
 確かにそれは正論だ。
 しかし彼はそれでも、と言い続ける。
「それでも、やっぱり悲しいさ。けど、」
 彼はそっと手紙を花と一緒に石碑の前に置く。
「彼女は最後まで好きだったろうし、彼もまた彼女のことを想ってくれていたとは思いたいな。俺がこの手紙を持ってきたことで救われるといいんだけど」
 見上げた空には小さな星々が舞い始め、彼らを静かに見下ろす。
 星へと還る魂はまたどこかで出会い新しい道を歩むだろう。そう青年は願う。
 エメトセルクは吹く風の冷たさにふるっと肩を震わせて首を窄めた。
 この男は本当に滑稽で奇怪だ。まるでそれはあの魂のようにするりと自分の手のひらから零れ掴むことができなかったように自分勝手に自己完結してしまうのだ。
 苛立ちについ舌打ちをしてしまった。
「それはもう誰もわからん。救われたかなんてこっちの偽善でしかない」
 そう言いながらも、まるで自分たちがしようとしていることも己の本望だけなのではないだろうかと思ってしまった。
 望まれていないかもしれない。
 あの善き世界はもう戻らない。過去は過去でしかないように。
 いいや、そんなわけはないー。この何万という時間で導こうとしている世界は人が望んだたった一つの揺るぎない砕けぬ想いなのだ。
 これだけは唯一絶対である。
 この感情を持ち合わせているのは自分たち真なる人だからだ。
 このなりそこないの想いなどただの空虚に落ちる言葉の欠片で音はない。
 小さくなって色褪せているというのにここまで自分に視せてくる色は何色なのかと息苦しくもなる。
「そうだな」
 彼はエメトセルクの言葉に乾いた笑いを零して背伸びをした。
「付き合ってくれてありがと、エメトセルク」
 くるりと振り返るとそう感謝してエメトセルクを見る瞳は暗くなった中でも蒼く輝いていた。
 吸い込まれ、言葉を一瞬失うほどにそれはまっすぐで綺麗だった。
「……ふん、感謝されて当然のことだな。勿論私にも報酬があると期待しておくぞ」
 エメトセルクはひらりと手を頭より上にあげてひらひらと振って猫背になった背中を見せて歩き出した。
「ええっ、その報酬ってもしかして俺が出すの⁈」
 聞いてないんだけど、と言って彼はエメトセルクを追いかけて走る。
「当然だ、英雄殿」
 くつくつと喉で笑ってどんな報酬か楽しみだな、と薄ら笑いを浮かべるエメトセルクを青年はまずそうな顔をしてため息を零す。
 夜の帳が降りて漆黒へと世界は変わる。
 その中に輝く光は色褪せないままだ。

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