
瘡蓋の夢
疲れた身体で扉を開けて部屋に入り、最初に捉えたソレに彼はまた肩にずっしりと疲れが乗るような感覚に襲われた。
ここは俺の部屋だよな?と、思わず扉を閉じて確認する。
確かにここは水晶公が自分に与えてくれた部屋だ。帰れば誰もいないはずなのに、そこにはいるはずのない人がいたのだ。
「おいおい、ここがお前の部屋であることは間違っていないぞ?」
扉を開けてまた締めて、ゆっくりとまた開いた扉からしかめっ面で中を覗けばその人物は優雅にベッドに腰かけながら微笑みかける。
その笑みは自分からしたらあまりいい気分のものではない。
絶対に何か裏があるのでは、と警戒してしまう。
「……なんであんたがここにいるんだ、エメトセルク」
ため息混じってそう問えば、その中年の男は、「悪いかね?」と鼻で笑いながらそう言った。悪いも何もここは俺の部屋だ、と言っても、だからなんだと返されるのがオチだ。
このアシエンエメトセルクはどこにも現れる。
エメトセルクは長い脚を組み替え、立ったままの青年へと鈍く光る金色の眼をやった。
「私はとても疲れていてね、どこかでゆっくりと休みたかったのだよ」
「だからって俺の部屋に来なくてもいいだろう」
青年は着ていた甲冑を脱ぎ、背負った大剣を下ろした。一つ一つ装飾を外していけば薄いシャツにスラックスになる。重さから解放されると背を伸ばし、テーブルの上にあった水を一杯飲みほした。
エメトセルクの理由には疑問だったが、だからと言って追い出そうとも彼はしなかった。
「アシエンも眠い、とか思うんだな」
そう言えばこの男はラケティカ大森林でヴィエラ族に捕まった時、昼寝をしていた、と言っていた。
アシエン、という人ならざる者が睡眠というものをとるのか、と率直に疑問に思えた。
エメトセルクはその質問のようで独り言の言葉を逃がさず捕まえ、
「我々のことをなんだと思っているんだ、お前たちなりそこないと違って私たちこそ真なる人だぞ?人間らしいのは私たちの方だ」
と、片方の口端を嫌味たっぷりに上げて、自分たちの正論をぶつけてくる。
エメトセルクは靴を履いたままベッドへと上がり足を投げ出して、枕を背に凭れかかると大きく息を吐いて高い天井を見上げた。
熱い瞼をゆっくりと閉じて、暗闇からまた瞳の中に光を入れる。
どこか疲れ、憂いのような目の下の窪みは深く傷心を刻んでいて仄暗い。一万二千年という時を歩むなどこのなりそこないたちにはその絶望がどんなものなのかわからないだろう。
眠ることで感情を削いで故郷の星の夢を見る。
同胞たちが美しい世界で再び息をするのを願いにして。
青年は椅子を持ってくるとベッドの横に置き、座った。
「そこ、俺のベッドなんですけど」
「お前は床でも寝れるだろう」
ふふん、と薄く血色の悪い唇に笑みを作り視線を冷たい床へと落とす。
今まで冒険者をしてきて硬い床や凸凹したどんなとこでも休息を取ってきたが、好きでそうしているわけではない。
「それとも一緒に寝るか?」
ぽん、と自分の横を手で叩いて誘うが青年は苦虫を嚙み潰したように顔を顰めて、遠慮する、と首を振った。
「私はお前たちのせいで大切な睡眠を邪魔されたんだ、少しは寝かせろ」
初代ソル帝が崩御し、ガレマルドという国は計画通りにバランスを崩し始めた。それがこの原初世界での自分の役目だった。それが終わればまた眠れる。
この世界のなりそこないと一番交わって生きて、そこに生まれた歪みに瞼を閉じて蓋をする。次に目が覚めるときはもうその感傷に瘡蓋が出来、また唯一無二の願いへと近づく。
何度だってそうしてきた。
そうなるはずだった。
ラハブレアが散った、と聞かされて暗闇のゆりかごに入ることができず、こうしてまだ目を開けていなければならない。じわじわと広がる毒素に眠らなければ、とエメトセルクはこの青年を前にして蠢く何か、に焦る。
「アシエンにとって寝ることは大事なこと?」
彼は首を傾げて聞く。
「当たり前だ。お前は私が一万二千年も起きていたのかと思うのか?」
「違うのか」
「ラハブレアの爺さんはそうだったかもしれないが、私は正気を保っていたいんでね。人は睡眠をとらないとどうなる?次第に精神が不安になっておかしくなるだろう。正しい判断が出来なくなって、目的を達成するのに結果遠回りになる」
寝ずにやる一夜漬けほど愚かなことだ、と嘲笑う。
すり減るものの対価に見合うものではない。
ラハブレアは真面目で年長に立つ者が故に血を流し続けても、その願いの業火を燃やし続けることをやめることはできなかったのだろう。
エメトセルクは大きく息を吐いて濁った金色の瞳で彼を睨むように見た。
「だからアシエンだって眠る。特に私はよく寝るぞ」
なんの自慢にもならないのに、エメトセルクは得意げにそう笑った。
「夢も見る?」
もう一つ、彼はふいに質問した。
眠るのならば夢も見るのかと。
「……ないな」
少し黙った後にエメトセルクは半分目を閉じて、嘘を付いた。
幸せだった夢、走っても走っても届かない手に絶望する夢、さようなら、と笑って手を振る人を見送る夢、真っ暗で人ではない者たちが自分に縋る夢。
エメトセルクは青年から隠れるように背中を丸める。
ああ厭だ厭だ。と、腐った声が胸から零れ落ちるが発せられることはない。
黄金の眼は深く曇り、視えてしまう色を掻き消そうとする。
「私は眠い、もう話は終わりだ」
沈む瞼の重さに逆らうことなくエメトセルクは目を閉じる。その瞼の裏に映る色はいつだって一緒だ。
鬱陶しい、と思う反面にその色への情熱が歯車となって私を動かしている。
何色にも熔けないその色を掴み閉じ込めて願いの限り世界を一つに取り戻そう。
