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微睡の熱

それはいつもの微睡が訪れる少し前の淫猥だった。
 もうどれぐらいの時間が壊れ、流れただろうか。私はもうその太陽が昇り、沈んでまた新しい朝が来るのを数え切れないほど見てきた。
 新しい世界が訪れるたびに世界は壊れ、再生し、私たちの愛しい世界へと塗り替えていく。
 それは我ら真なる人の宿願であり正しい行いだった。
 分かたれた十四の世界を一つに戻し、遥か昔の善き世界を取り戻すこと。そのために我らは永遠の魂を有して肉体を変えていった。
 分かたれた世界のおぞましい生き物たちは自分たちが何から生まれ落ちたものなのかを理解していない。
 空っぽのくせに宿命に抗い歯向かう。
 そんなことをしたところでアシエンが齎す終わりは覆らないというのに希望だ未来だのと最後まで喚くのだ。
 ああ、本当に五月蠅い。
 特に先導にして立つ勇者や英雄と呼ばれる者には飽き飽きする。いくらそうして空っぽ魂を掻き立てようが真なる魂には敵わないのだ。
 どの星でもそうだ。
 結果、戦乱の中でその中途半端な命とやらはまた星の海へと還っていく。
 還れるだけ羨ましいだろう。
 同胞たちは還れないままその美しい魂を混沌に囚われているのだから。
 アシエン・エメトセルクは一つの仕事を終えると眠りについた。眠ればまた淀んだ感情が切り離され、美しかったあの懐かしい世界を思い出すことができる。
 そうしてまた取り戻すべき愛しい世界へと想いを馳せるのだ。眠らないとどうなるのかを知っている。
 眠らなくなったラハブレアは次第におかしくなっていってしまった。目的を忘れているわけではないだろうが、その心は憎しみ壊れあの美しかった世界を思い出すこともしなくなった。
 エメトセルクは忘れたくなった。
 あの世界で過ごした悠久に続くと思っていた時間を。
 だから私はアシエンとなったのだと。
 暗闇の時空の中でエメトセルクは指を鳴らすと一つの小さな部屋のような空間に跳んだ。
 そこには白い壁に四隅を覆われ、扉が一枚とベッドが一つ。
 眠りにつくときはいつだってこの空間だった。何者にも邪魔されず、ただ眠るためだけの部屋。
 外からの音は一切ない。
 また訪れる静かな睡眠の前にエメトセルクはその金色の瞳を曇らせた。
 似ていたな、と零してベッドへと座る。
 白い髪が頬を摩り落ちる。
 遠い昔に失くしてしまった魂に似たなりそこないをエメトセルクは見たのだ。
 その魂はいつだって希望に満ち溢れ誰かを助け助けられ、人のために戦っていた。その魂を見たのはこれが初めてではない。
 ただこの時代のそれは濃いものだった。
 しかしその魂はまた星海へと還って行き、エメトセルクは見届けた。
 脆くなった魂は姿かたちだけとほんの少しの想いの欠片を持ち、私を惑わす。
 手を伸ばしてもこの手を取ることはなかった。
 あの燃えるアーモロートで別れた時のように彼は彼の手を取ることはしないのだ。
 いい加減にしろと言ったとしてもその半端な魂は覚えてなどいない。
 私だけが懐かしみ、苦しみ、愛おしくなるばかりで腹が立つというもの。
 忘れるはずのない温もりはいつだってこの胸を焦がすのだ。
「……」
 自分の呼吸音だけが止まった空気を揺らし、エメトセルクはそのままベッドへと仰向けに倒れ込んだ。かぶっていたフードは外れ、赤い仮面もカランと乾いた音を立てて地面へと落ちた。
『やあ、エメトセルク。寝るのかい?』
 どこからともなくそんな明朗な声が聞こえた。
「ああ、五月蠅い、消えてくれ」
 これは幻聴だ。
 ここにあの愛しかった男はいない。
 鬱陶しそうに眉間に皺を寄せて瞼を閉じてもその声は耳元で名前を呼んでくる。
 ぞくぞくと耳朶の神経をくすぐり身体を次第に熱くさせた。
 エメトセルクは背を丸め、小さな声で「アゼム」と呼んだ。
 そうすれば消えろと自分で言ったのにその姿は脳裏に焼き付いていて動くのだ。
 乾いた唇はまたその名前をはっきりと口にする。
 彼と最後に交わした温度はどんな熱だっただろうか。触れた手、頬、唇、どこもかしこも熱くて一つに蕩け合ったことを今でも鮮明に思い出せるほどそれはいつまでも強烈に残っている。
 エメトセルクはため息を吐くと身体の芯が焦げていくのを感じた。
 ばかばかしい、と思いながらもアゼムの体温を探すように自分の腕を摩り下腹部へと触れた。
 それはまだ半端な熱を孕んでいて待ちわびている。
 アゼムの腕を掴み、口づけるとその唇はいつも嬉しそうに大きな弧を描いてエメトセルクの唇が重なるたびに溢れる愛しさを滲ませていた。
 エメトセルクは湿ったアゼムの唇を思い出すように指先を唇に触れさせる。
 閉じた瞼の裏にははっきりとあの真っ青な青い目が自分を見つけていた。
 こんな行為に意味はない、こんな幻覚はただの愚かな想いだと思っても頭の半分ではアゼムとの痴れた熱を沸々とさせている。
 指を手繰ればそこにアゼムがいるようだった。
 エメトセルクは自分の熱に触れると、声を漏らした。
 体は妄想に夢中になっているようでそこはどんどん膨らみを増していた。
 ああ、本当に忌々しい。
 あの男のせいだ。
 こんな思い出を捨てられず囚われ、いつかまたその魂と出会えれば今度こそこの長く抱いた想いをぶつけ手を取れるだろうかと浅はかなことを考えてしまう。
「……っ、う」
 エメトセルクは着ていた黒い法衣を白い空間に溶かしてしまうと直接に自分の中心に触れた。
 組み敷いたアゼムを想像し、その唇から淫らに呼ばれる名前と吐息が脳内で再生されるともうこの猥褻な熱は止まらなかった。
 アシエンになった今でもこうした欲求があることに驚きもする。長い指を自身の熱へと絡めてゆっくりと手筒で扱けばさらにその硬度は増す。
 浅く息を吐いて唇を噛む。
 アゼムは気持ち良さそうに啼いてエメトセルクの腕に縋る。
『あ、っぁ、あ』
 途切れ途切れになる彼の息遣いに合わせて上下に緩急付けて圧を加えれば先端からは先走りの液体がひたひたと零れ垂れた。それが指と絡まって滑りを良くすれば、さらに自分の雄は震えて天を向く。
 エメトセルクは奥歯を噛み締めると、腹に力も込めて腰を揺らした。
 アゼムは淫らに腰を振りエメトセルクの熱欲を受け入れ、何度も名前を呼んだ。
 苦しそうに眉を下げ、それも隘路に埋まった快感の暴力にうっとりとした双眸で見上げる。
 エメトセルクが足を持ち上げて前後に腰を振ればアゼムは喉を晒して背中を撓らせた。
 気持いい、と熱い吐息を混ぜてエメトセルクに告げる。
 埋めた熱はさらに膨らみ、濡れていく肉壁を何度も擦り絶頂へと導いていく。
 まるで本当にここでアゼムを抱いているような、そんな生々しい感触だ。
 濡れて張り詰めた欲張は瞼の裏のアゼムを犯すことに夢中になりながらその解放を待っている。
 根元から先端までぬちぬちと小さな淫靡な音を響かせて息を荒くしていく。
 きゅっ、と包んだ手のひらの力を強くするとアゼムの中にいるような、そんな淫らな錯覚だ。
 早くなるアゼムの鼓動と呼吸に合わせて挿入した熱欲を何度も打ち付けると、その熱がとうとう弾ける。
 イク、と小さく呻いて妄想のアゼムの腹へとその劣情を流し込んだ。その瞬間、手に握っていた熱もまた同時に白濁の欲を勢いよく飛沫させていた。
 心臓から勢いよく運ばれた血液が腹へと集中し、これがどんな痴態だったとしても満足感が得られた。
 点々と飛び散った白い精から漂う匂いがこれは夢ではなく、自分一人で耽った淫猥な行為だということを理性へとわからせる。
「……ばかばかしい」
 手のひらにこびりついた液体をようやく開いた瞼で見下ろすと口端を歪に緩めて声を落とした。
 こんなことをしてもあの分け合った体温はいない。
 ここにアゼムはいない。
 ただ虚しいだけだ。
 それでも、なぜか私はこうして頭の中のアゼムの熱を味わえることに満足しているのだ。
 そしてその吐き出した熱と変わりに微睡がやってくる。
『ハーデス』
 また懐かしい声がして閉じていきそうな瞼を半分開ければ滲んだアゼムの顔が見えた気がした。
『ゆっくりおやすみ』
 また会う日まで、と笑っていた。
「私はもう御免だ、アゼム」
 もう二度と失いたくない。
 それなのにまたその魂は私の前に立ち塞がるのだ。
 今後はその魂を閉じ込めてしまおうか、と暗みに落ちていく意識の中で囁く。
 この熱はいつまでも褪せることなく、永遠に私を焼くのだ。

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