
あの日の白い記憶
ここはすべてのものを凍てつかせ真っ白に染めていく。一年を通して雪が積もり、永久凍土と呼ばれる。ここに春などない、夏すらもあっという間でないようなものだった。こんな土地に我々の種族を追いやった蛮族どもは春夏秋冬と気持ちのよい季節を味わうのだろう。指をしわしわにし、乾燥した皮膚はひび割れて赤くなる。そんな人生を送っている人のことなどこれっぽちも哀れだと思わないに違いない。
しかし哀れんでほしいなどと、このガレアン人は微塵も思っていなかったし凍えた大地だからと言って生きることをやめない種族だった。
今年も厳しい冬が到来する。
北から吹く風は肌に触れた瞬間に刺さるように冷たく、視界を真っ白に覆う。蛮族たちから自国を守るための国境ではひどく吹雪いていて遠くも見えなければ近くでさえ人を見失ってしまうほどの雪だった。
ガレマール共和国の名門に生まれたソル・ヴァン・ガルヴァスは十六の時に軍へ入隊していた。若いうちからこの共和国では軍に入るのが当たり前だった。その中でも、このソルという男は群を抜いて優秀で、入隊後すぐに戦功を重ねていき二十四の時には軍団長に就任していた。
その歳の冬、国境にて団を率いて駐屯していた時のことだ。
(本当にこの国はどれだけ雪に覆われていれば気が済むんだ。これ以上積もったら明日の朝には城も埋もれてもおかしくないな)
そんなことを防寒具一式を纏った姿で寒空に思う。太陽が出ているのかわからないぐらいその丸はかすんでいた。
(魔法が使えない生き物は本当に面倒だ)
この種族は魔法が使えない。そのため、火を焚くにも一苦労で何をするにも大変な労力を要した。しかしソルが軍団長に就任した際に発案した魔導技術によってこの国は一段と強い国へと変化しつつあった。
青燐水と呼ばれる液体をエネルギー源にすれば生活も軍事力もかつてないほどに豊かになったのだ。これで火が消え凍える夜もなくなり、いつでも暖をとることができた。
早くこの国をもっと強国に仕上げ、頂点まできたところで墜とさなければならないがまだまだ時間はかかりそうだと嘆息する。しかしそんな数十年など自分の流れてきた時間を思えば、なりそこないの人が過ごす一生など一握りにしかすぎないのだ。
「ソル団長」
ソルが一人何をすることなく佇んでいるところに一人の若い青年がやってきた。若いと言っても自分と三つも変わらないだろう。
「今年も星芒祭のツリーができあがりました。ぜひ団長も見にいらしてください」
それは毎年かかさず行われるという星芒祭は行事の一環のことだ。首都であるガレマルドの一番大きな広場にも毎年大きな樹木に装飾を施して飾っている。
星芒祭とは街路で星を数えて寒さを紛らわせている戦災孤児たちを温かい家に招きいれた国の近衛兵の話が軸になっている。エオルゼアという地には根付いている伝承のようで、ガレマール共和国にも存在する祝祭だった。この日には寒さに震えないよう、温かい松明を焚き、家を温め大きなツリーに願いを込めて星に感謝をする。
駐屯地であるここでも同じように、毎年ツリーを作り飾り付けるとその夜は軍団の者たちと温かい料理を食べて酒を飲み交わし、聖なる夜にこの国の繁栄と家族への慈しみを祝うのだという。
ソルは金色の目を細め、もうそんな時期なのかと白い息を吐いて、ああと頷いた。若い兵士は顔を綻ばせて敬礼をすると急いで仲間たちのところへ向かった。
次の年にはまた一つ階級が上がるだろう。そうすれば彼らをまた一つ大きな戦火へとかり出すこととなる。
(だからなんだというのだ)
たかが星芒祭というものに浮かれていることをせいぜい今だけでも楽しんでおけばいい、そう思った。どうせこの国の未来は決まっているのだ。
彼らの人生など、この白い雪の上で名もなく消えていくなりそこないの灯火だ。自分が知っている美しい都市にも毎年季節がやってくると立派な樹に幾多の魔法で彩られた光が点滅し昼でも夜でも輝いていたのを思い出す。
この世界の人が作り出すものは素朴であの美しい光はない。なんともみすぼらしいとさえ思う。しかしそれを眺め、温かいスープを飲むと冷えた身体に染み込んでいくことがとても穏やかになれる一瞬だった。
それはなりそこないの人の中に交じり生きているが故に生まれた驚きだ。
凍てつく寒さ、鉄の匂い、白い雪が舞う静寂の世界の中で彼らは確かに今を生き抜き、このような土地に追いやられたとしてもアシエンではわからない小さな営みの幸せをこの土地で根付かせている。こんなに寒く食物もろくに育たない大地だというのに彼らはそれでもこの地を愛して星芒祭という日にまた一つこの世界を祝うのだ。
まるで人のまねごとをなりそこないたちがしているのは滑稽というもの。
ソルは分厚い手袋を外すと外気に晒された手が一気に冷えていくのを感じだ。
その手のひらは寒さで赤くなく皺になり、関節にはアカギレを作りとてもじゃないが最古の魔道士の指とは思えないほど傷だらけだった。
ふう、とその手のひらに温かい息を吹きかけてソルは嗤った。この手はまさにアシエンとしてではない自分の傷だ。
こうしてなりそこないの中に混じりながら生きていると絶望だったものが次第に何か別のものに生まれ変わるような気がする。そんなわけがないというのに。
絶望することにすら疲れたということだろうか。
いいや絶望はしていない。私はまだ諦めていないのだ、このバラバラになった世界をまたひとつに戻し同胞を掬い出すことを。
冷たい風が白い一房の髪を凍らせるように靡かせてその背を撫でた。
戦場でこのような着飾ったツリーなど立てたところで願いが叶うわけでも平和になるわけでもない。それどこかこの私が混沌を運ぶ国なのだ。
そんな祈りなど、ソルからして見れば嘲る不必要なことだった。
ならばなぜ許しているのだろうか、という疑問を問いかける。星芒祭など祝ったところで消え行く灯火だ。
ソルは首を振って、
「ああ、厭だ厭だ。まだ耄碌するじいさんでもないというのに」
と、顔を顰めた。
感傷など持ったところでこの命には星を一つに戻す糧となってもらうためのものにすぎない。ひゅ、と息を吸い込めば肺まで凍り付きそうなほど冷たかった。
広場から歓声が聞こえ、大きな緑の樹木が色とりどりに着飾り佇んでいるのが見える。
「まぁ、私が生きている間だけは、楽しめばいいさ」
私がこの国を作りあげ、そして壊した後のことはどうだって良かった。ソルとしての役目を終えればまた長い眠りに付くだけだ。
きっとその時は煤に塗れた瓦礫の中で祝われることのない寒いただの白と灰色の記憶になるだろう。
ただ今はこの白い雪の記憶も悪くない、とソルは霞む空を見上げた。
